2024年06月13日( 木 )

目に見える断熱仕様の提案(中)

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 バケツには穴がたくさん空いていて、下から水が漏れ出している。バケツを水でいっぱいにするためには、「A:もっと水を注ぐ」「B:穴をふさぐ」のどちらを選ぶのが最適だろうか?──子どもにもわかる問題で、正解はもちろん「B:穴をふさぐ」なのだが、残念ながら日本社会は、この問いに対して長らく「A:もっと水を注ぐ」という解答を選び続けてきた。

暮らしは外へ開いていた

環境が変わった今、窓も変わっていかなければならないか 桂離宮賞花亭に見る下地窓・連子窓 宮内庁HPより参照
環境が変わった今、
窓も変わっていかなければならないか
桂離宮賞花亭に見る下地窓・連子窓
宮内庁HPより参照

    かつて日本の住宅にはガラスの入った窓がなく、すだれや御簾が家の内部と外部を仕切っていた。そして平安時代以降には、蔀(しとみ)といわれる格子を取り付けた板戸が窓のような役割をしていた。安土桃山時代に千利休によって完成したといわれる茶道の歩みにともない、窓は変化していく。茶室には採光と通風に加えて、壁面の意匠として、また景観を採り入れるために下地窓、連子窓などさまざまな窓がつくられた。江戸時代初期には今の木造住宅の基本となった数寄屋造りが生まれ、その後、現在の住宅へと進化を遂げる。

 日本の住宅は、気候の良い時期には自然を愛で、夏や冬の時期にはその厳しい寒さや暑さを生活の一環として受け止めるという「四季の移り変わりに順応する考え方」がある。また、家のなかと外を明確に分けない「自然との共生」で創られ、紡がれてきた。日本の窓は、西洋の窓のように家を囲む壁に穴をあけるというものではなく、柱や梁の間にある壁すべてを開け放つことのできる「間仕切り」のようなものだったのだ。だから窓に関して日本人は、重厚で堅牢なものではなく、簡易的で風通しの良いものを基本的に思い浮かべる。かつてはそのように、外と密接につながる生活思想をもっていたのだ。

 昭和30年ごろを過ぎてからアルミサッシが普及していった。樹脂サッシはドイツで開発されてから50年、日本で生産されるようになってから30年ほど経つが、アルミサッシは今も変わらず多くの住宅に使われている。「夏は通風」という思想は、エアコンも気密性もなく、家のすべての窓を開け放ち、涼を取っていた時代の習慣。現在は気候も変わり、住宅事情やセキュリティの常識も変わった。花粉や粉塵、日中の家事時間の変化など、近頃は洗濯も部屋干し、機械乾燥で窓を開けることも少なくなっているにも関わらず、建築だけ「夏は通風」という思想が続いている。残念だが、家のなかに風を通す「通風信仰」は、都市部においてそろそろ卒業する時期にきているのかもしれない。健康面でもエネルギー面でも、そのほうが良い影響が大きくなってきているのだ。

寒暖差の事故、最多は北海道?

 欧州などでは冬場、家を暖かくすることが病気を減らすという認識の下、健康施策の1つとして住宅政策が取り組まれてきた。日本では、健康と住まいの関係が「エビデンスがない」との理由から長年軽視されてきたことで、防げたはずの住宅内事故が起き続けてきた。しかし最近になって、ようやく住宅と健康の関連性についての学術調査が行われるようになり(国土交通省と厚生労働省による「スマートウェルネス住宅等推進調査事業」)、14年度からは、建築分野の研究者と医師とが毎年共同で調査をしている。分野横断のアプローチにより新しい知見が積み重ねられ、“寒い住環境が高血圧や循環器系疾患に悪影響を与える”ことが明らかになってきている。これまでにはなかった「生活環境病」という捉え方だ。

 全国で、冬に家のなかの寒暖差で亡くなる人の割合が多いのはどこだろうか。実は、最も割合が少ないのが、寒いはずの北海道。逆に最も多いのは栃木県だという(厚生労働省_人口動態統計_2014年より)。栃木県は北海道に比べ温暖なはずだが、実は倍以上も冬季死亡増加率が高くなっている。ワースト10まで見ると、愛媛や鹿児島、静岡、熊本など、温かい印象のある四国や九州の県が入ってくる。

家の中で熱の出入りが一番大きいのは窓 SUUMO公式HPより引用
家の中で熱の出入りが一番大きいのは窓
SUUMO公式HPより引用

「建物の断熱化」遅れる日本

 都道府県別の冬季死亡増加率と、断熱された住宅の普及率には相関関係がある。断熱された住宅が多い地域ほど、冬季死亡増加率が低いことがわかったのだ。総務省が都道府県別に比較した高断熱住宅の普及率が示されたのが、08年のこと。当時言われていた「高断熱住宅」のレベルは、内窓やペアガラスの窓が基準なので、それほど断熱性能が高い住宅とはいえない。断熱された住宅と冬季死亡増加率の相関関係の高い関東や四国、九州などでは、内窓やペアガラスは普及していなかった(08年当時)。それでも、住宅の断熱性能と健康とが関係していることが示されたのだ(参考文献:「断熱」が日本を救う 高橋真樹)。

参考文献:「断熱」が日本を救う
参考文献:「断熱」が日本を救う

    これは個人が気を付けるべき問題を超えて、地域・行政レベルで「自分たちの住む地域は暖かい」と錯覚し、断熱対策を疎かにしてきたことが原因の1つと考えられている。なお、欧州の調査でも冬の死亡増加率は、温暖なポルトガルやスペインが高く、北欧のフィンランドやデンマークは低いというデータが出ている。暖かいと考えられている地域でも寒暖差で人が亡くなっているということをしっかり認識したうえで、対策を取る必要がありそうだ。

 日本の断熱性能が著しく低いため、家全体ではなく部屋ごとに暖房する「間欠暖房」が一般的となっている。リビングに家族全員が集まってその部屋だけを暖房することは、一見すると効率が良さそうだが、リビングだけが適温でも廊下や脱衣所、浴室、トイレなどは極端に低温になるため、健康の観点からは推奨できない。北海道の冬季死亡率が低いのは、断熱性能を高め、全館暖房をしている住宅が多いからなのだ。

 23年からは、国土交通省、経済産業省、環境省が3省合同で、大規模な断熱リフォームへの補助「住宅省エネ2023キャンペーン」が始まっている。これまでも国や自治体による断熱リフォームへの支援事業はあったが、規模は小さなものだった。しかし今回は、「窓断熱」「断熱リフォーム」「高効率設備」などで、合わせると3,000億円規模になる。とくに内窓などの窓の性能向上に力を入れる「先進的窓リノベ事業」は斬新だ。

リノベに断熱施策を巻き込めるか

 25年の「断熱等級4」義務化を目の前にして、建築業界では高性能住宅を建てるのが当たり前という流れができつつある。新築に関してはある程度のメドが立ってきたといえるだろう。しかし、より重要かつ難しいのは既存住宅の断熱改修だ。新築住宅の着工戸数は、21年・22年ともに約86万戸。仮にそのほとんどが断熱等級6以上で建てられたとしても、年間で新たに増える比率は、約6,240万戸(18年時点)ある既存住宅の約1.3%に過ぎない。そしてこのペースで増え続けたとしても、すべての建物が置き換わるには70年かかる計算となる。

 日本の建築業界は、スクラップアンドビルドを続けてきたが、この構造は資源とごみ、エネルギー、経済、脱炭素などさまざまな観点から見て、持続可能とは言い難い。古いものを改修するリノベーションやコンバージョン、空き家の活用などによって空間再生をしていくことは、資源やお金を地域で循環させ、ごみ問題やエネルギー問題を解決するきっかけづくりになる。しかも、既存の住宅を高性能化することで高い付加価値を付けられれば、地域の資産にもなるはずだ。

リノベに断熱施策を巻き込めるか 先進的窓リノベ事業(内窓設置)HPより
リノベに断熱施策を巻き込めるか
先進的窓リノベ事業(内窓設置)HPより

(つづく)


松岡 秀樹 氏<プロフィール>
松岡秀樹
(まつおか・ひでき)
インテリアデザイナー/ディレクター
1978年、山口県生まれ。大学の建築学科を卒業後、店舗設計・商品開発・ブランディングを通して商業デザインを学ぶ。大手内装設計施工会社で全国の商業施設の店舗デザインを手がけ、現在は住空間デザインを中心に福岡市で活動中。メインテーマは「教育」「デザイン」「ビジネス」。21年12月には丹青社が主催する「次世代アイデアコンテスト2021」で最優秀賞を受賞した。

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