2024年06月13日( 木 )

アジアの金融センター「香港」の没落(後)

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日韓ビジネスコンサルタント
劉明鎬 氏

アジアの金融センターとしての
地位も失う

香港金融街 イメージ    香港がアジアの金融センターとしての役割を担うようになったのは、イギリスの植民地時代からである。香港の金融産業は、1997年の中国返還後も続いた。世界的に見ても、確固たる地位を築いている香港の金融機能を活用するため、中国は一国二制度を標ぼうした。

 中国が経済成長を遂げるなか、上場を希望する企業も多く、香港はIPO市場としても世界1位の座についていた。金融産業は香港の国民総生産の2割を占めるほど、大事な産業であった。その結果、香港はアジアを代表する金融センターとして、ニューヨーク、ロンドンとともに世界3大金融ハブとなった。

 多くの外資企業は、香港にアジアビジネスの拠点を置き、香港はますます発展するようになった。中国政府も自国の金融市場は開放できないため、香港市場を活用することで、自国の金融市場の開放を避け、香港経由で資金を調達した。

 香港はそうした状況下、金融産業が大きな成長を遂げた。ところが、中国が米国との対決姿勢を鮮明にするなか、中国政府は香港がダメになっても、上海市場や深セン市場を活用すれば良いと思っているのか、香港に対する政策の柔軟性を失い、硬直化している。

 そのような流れに市場は敏感に反応し、香港の株式市場も低迷している。香港証券市場は世界主要証券市場のなかで株価が一番低い水準である。とくに、香港を代表するハンセン指数は2020年から23年まで4年連続下落をしている。ハンセン指数がスタートしたのが1964年であるが、開始以来、最も長い弱気相場となっている。3年連続で下落したことは以前にもあったが、4年連続で下落をしたのは、60年間の歴史のなかで初めてだろう。

 市場が冷え込むと、業績悪化に耐え切れず、営業を中止する証券会社が続出する。2022年だけでも廃業した証券会社は49社で、昨年も30社の証券会社が市場から撤退した。市場が活気を失い、取引量が減少すると、手数料収入も急激に減少し、事業を維持できなくなるからだ。中小や中堅だけでなく、JPモルガンやUBSなどの大手証券会社も、リストラで社員数を急激に減らしている。

 香港が世界3大金融ハブになるまでかかった時間は100年であったが、没落には5年もかかっていないという。中国人も香港の高い物価を意識してか、宿泊は深センで香港では遊ぶだけだという。また、東南アジアが発展することによって、安さを求める観光客は東南アジアに奪われ、高級志向の観光客は高くて狭い香港ではなく、他の場所を選んでいるようだ。

 香港よりシンガポールの方がアジアの金融ハブとして魅力的なようだ。シンガポールは相続税ゼロなど、富裕層に魅力のある税制を用意し、アジアのお金持ちがシンガポールに移住し、ますます金融が発展している。日本も韓国も、アジアの金融ハブを目指しているが、思い切った規制撤廃などができず、経済規模の割には金融市場は発展していない。時代はいつも変化するが、香港が衰退に向かっていることは間違いなさそうだ。

(了)

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