2024年07月19日( 金 )

九州の観光産業を考える(21)札びらを切る九州株

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日本経済の中心地へ向かう勤労者を鼓舞する東京駅丸の内駅舎は1914(大正3)年竣工/2012(平成24)年改修
日本経済の中心地へ向かう勤労者を鼓舞する
東京駅丸の内駅舎は1914(大正3)年竣工/2012(平成24)年改修

新紙幣で人気高騰するか

 7月3日に新発行される日本銀行券は、本誌をお読みの皆さんの手元へはまだ届いていまい。同じ国の官庁ながら、経産省は2025年までにキャッシュレス決済比率40%程度を目指すというし、財布を持ち歩かない生活に慣れた向きには、もはや出会いの機会さえ訪れないのかもしれない。しかし、市場に入れ替わっていく新紙幣の肖像画、デザインモチーフに、今ひとたび関心を向けていただきたい。九州所縁のバックグラウンドストーリーだ。

 一万円札に渋沢栄一、五千円札に津田梅子、千円札に北里柴三郎の肖像画。裏面には日本国の品格を象徴するものが採用されるらしい。五千円札は古事記や万葉集にも登場する藤の花、千円札は葛飾北斎の冨嶽三十六景・神奈川沖浪裏(かながわおきなみうら)。が、一万円札は少々生臭い。東京駅丸の内駅舎は、近代建築の父・辰野金吾の設計で、現在も優美な姿を誇り首都の玄関口の威厳を保つも、表面ですまし顔の渋沢栄一、実は自宅の設計を辰野に依頼していた間柄。そんなトリビアが、お札の透かし越しに同居する。

辰野金吾建築

 丸の内駅舎が辰野設計であることは建築ファンには知られるが、辰野が九州は唐津藩英語学校、耐恒寮出身であることは、知る人ぞ知る事柄。付け加えるなら、煉瓦造で「一丁ロンドン」と呼ばれた丸の内オフィス街を推進した、建築家・曽禰達蔵も耐恒寮の同級生だ。また、耐恒寮で辰野らへ英語を教えた当時17歳の高橋是清が、後の日銀総裁となるのも新札をめぐる奇遇である。

 渋沢や高橋が、建築家・辰野金吾と21世紀に日銀紙幣をめぐり再度関わり合った機会に、街や時代の象徴となった辰野の作品をいくつか紹介しておきたい。大枚と威を映す事業ばかりだ。

日本銀行本館

日銀本店本館ツアー
日銀本店本館ツアー

設計にあたり辰野は欧米各国を訪れ、銀行建築を調査。ロンドンで作成した設計原案を厳重に保護し、船で持ち帰った。1896(明治29)年に竣工。古典主義の外観を擁す石積みレンガ造の建物は1974年に国の重要文化財に指定された。2016年から3年を要した免震化工事を終え、人気の館内見学ツアーが再開された。

京都府京都文化博物館別館

京都文化博物館別館

京都文化博物館の別館として現在使用されているのが、近代洋風建築として重要文化財の指定を受けた旧日本銀行京都支店の建物。建物は煉瓦造で、設計は辰野とその弟子・長野宇平治。1906(明治39)年に竣工し、65年まで日本銀行京都支店として使用された。69年、国の重要文化財に指定。

旧第一銀行神戸支店

旧第一銀行神戸支店

竣工は1908(明治41)年。95年の阪神・淡路大震災でダメージを受けた本体は解体、現在は外壁のみが保存され、地下鉄・みなと元町駅の地上出入口、そして解体後の跡地に建つマンションのエントランスとなっている。ファサードのみとなったが、07年度に経産省の近代化産業遺産に登録された。

福岡市赤煉瓦文化館

福岡市赤煉瓦文化館 旧医務室
福岡市赤煉瓦文化館 旧医務室

辰野と片岡安の設計により、日本生命保険(株)九州支店として1909(明治42)年に竣工。69年に国の重要文化財に指定され、市に譲渡された。94年に建築当時の内装を復元し「福岡市赤煉瓦文化館」として新装開館。現在は、シェアオフィスや会議室、市民の文化活動の場として利用されている。

岩手銀行赤レンガ館

岩手銀行赤レンガ館

1911(明治44)年に盛岡銀行の本店行舎として落成。設計は辰野・葛西建築設計事務所。辰野設計の建築としては東北地方に唯一残る作品。2012年8月3日に銀行としての営業を終了し、約3年半におよぶ保存修理工事を経て16年7月17日から一般公開され、市民の文化活動や撮影などに活用されている。

旧松本邸

旧松本邸

明治専門学校(現在の九州工業大学)の創立者の1人松本健次郎が、自らの住宅と学校の迎賓館を兼ねて戸畑に建てた。1911(明治44)年竣工。木造二階建ての洋館は辰野が設計。アール・ヌーボー様式の佇まいを、現在は西日本工業倶楽部がバンケット需要に向け管理運営している。72年、国の重要文化財に指定。

大阪市中央公会堂

大阪市中央公会堂 特別室
大阪市中央公会堂 特別室

1912(大正元)年実施の「懸賞金付き設計競技」で早稲田大学教授・岡田信一郎の提案が一等に。その岡田案を基に、辰野と片岡安が実施設計。1918(大正7)年11月に完成。現在は国の重要文化財に指定され、中之島のランドマークともなっており、今なお市民の文化・芸術の活動拠点として親しまれ、大いに活用されている。

北里柴三郎と白煙

 伝染病の予防と治療に多大な貢献をし、近代日本医学の父と呼ばれる北里柴三郎。その誉れ高い肖像を新たな千円札に現す博士は、九州は熊本県小国町の出身。同町にある北里柴三郎記念館のテレビCMが1月に入り放映されていたが、新札発行を見越して地域の前景気を上げようというものだ。

 新千円札裏面は世界的に知られる日本のモチーフ、北斎が描くド迫力の波頭。庶民の目に触れやすいアナログ千円札を、キャッシュレスで虚空を漂うデジタル信号に代替させるのは、情報発信面から機会逸失となる。世間の方々には大波のごとく現金を使用し、流通させていただきたい。小国町の共同浴場や立ち寄り湯なら千円でお釣りがくる。

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 津田梅子が凛々しい新五千円札。その裏面に描かれるのは大阪の野田の藤らしいのだが、福岡県柳川市で毎年開催される「中山大藤まつり」は、野田の藤の種を持ち帰り植え育てたものと伝えられる。藤棚から咲きこぼれる花房のように、新五千円札が九州を甘い香りで包んでほしい。何はともあれ、帯封を解くほどに九州素材が日本マーケットに浸潤する。


<プロフィール>
國谷恵太
(くにたに・けいた)
1955年、鳥取県米子市出身。(株)オリエンタルランドTDL開発本部・地域開発部勤務の後、経営情報誌「月刊レジャー産業資料」の編集を通じ多様な業種業態を見聞。以降、地域振興事業の基本構想立案、博覧会イベントの企画・制作、観光まちづくり系シンクタンク客員研究員、国交省リゾート整備アドバイザー、地域組織マネジメントなどに携わる。日本スポーツかくれんぼ協会代表。

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