2024年10月15日( 火 )

脱中国、グローバルサウスへの進出強化を図る日本企業、そこに潜む政治リスク

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国際政治学者 和田大樹

日本と世界 イメージ    米中対立などの影響を受けるかたちで日中関係にも不穏な空気が流れており、日本企業の間では脱中国を図る動きが見られる。食品業界では、モスバーガーを展開するモスフードサービスが、個人消費の低迷などを理由に6月、中国各地にある全6店舗を閉店した。流通業界では、三越伊勢丹ホールディングスが同じように個人消費の低迷、ネット販売の拡大などを理由に、4月に天津市にある伊勢丹2店舗、6月に上海にある1店舗を相次いで閉店した。

 大手自動車メーカーの間でも同じような動きが見られる。日産は中国にある一部の工場を閉鎖し、ホンダは四輪車の年間生産能力を削減する方針を示し、三菱自動車はすでに中国での車生産から撤退している。依然として、日本にとって中国が最大の貿易相手国であることに変わりはないが、こういった脱中国の動きは中長期的に続く可能性が高いだろう。

 一方、脱中国を進める日本企業の受け皿になる、日本企業が進出を強化しているのがインドやASEANなどのグローバルサウスだ。たとえば、トヨタ自動車は7月、インド西部マハラシュトラ州政府との間で新たな工場の設立を検討する覚書を締結した。投資規模は日本円で3,600億円ともいわれる。トヨタ自動車は南部カルナタカ州に工場2つを所有し、昨年秋にもカルナタカ州に3つ目の工場を建設すると発表しており、“インド強化”を進めている。こういったインド強化の動きはほかの日本企業の間でも広がっており、中国からグローバルサウスへと比重を移す日本企業の動きは今後も続くことだろう。

 しかし、地政学リスク、カントリーリスクの観点から、日本企業は中国では発生可能性が決して高くはないリスクの動向に細心の注意を払いながら事業を進めていく必要がある。

 日本企業の脱中国の要因の1つに、米中対立や改正反スパイ法などの地政学リスクが影響しているだろうが、今後高い経済成長が見込まれるグローバルサウス諸国には、激しい抗議デモやテロ、クーデターなど中国ではあまり考えられないような政治リスクが現実的に考えられる。

 たとえば、近年日本企業の進出が増えているバングラデシュでは7月、当初は公務員採用の特別枠の撤廃を求めて始まった学生たちによる抗議活動が、治安部隊との衝突が激しくなるにつれ、ハシナ首相(当時)や閣僚などの退陣を求める暴力へとエスカレート。1,000人ともいわれる死亡者のなか、ハシナ首相は8月初頭に辞任に追い込まれ、隣国のインドに脱出した。

 21世紀以降、ネットやSNSの利用が世界的に急速に普及し、それを日常的に使うデジタルネイティブがグローバルサウス諸国では急増している。2010年ごろ、中東や北アフリカではアラブの春が訪れ、既得権益を独占する長期的な独裁政権に対する若者たちの不満が爆発し、ネットやSNSによって一瞬のうちに広がった反政府デモの勢いに押され、エジプトやチュニジアの独裁政権があっという間に崩壊した。最近のバングラデシュのケースも、この延長線上で捉えられる。

 グローバルサウス諸国では、今後若者の人口が急増する国々が多いが、それに見合うスピードで新たな雇用が創出されるかどうかは分からず、経済格差や失業などの問題が深刻化し、社会経済的な不満が蓄積して何か1つのきっかけで一瞬のうちにそれが爆発するリスクが今後も考えられる。

 日本企業としては、グローバルサウスへの進出を強化する際、駐在員とその帯同家族、出張者の安全、またサプライチェーンの安全という視点からこういったリスクの動向を今まで以上に注視していく必要があるだろう。最後になるが、グローバルサウスと言っても簡単に一括りにできるものではなく、国によってリスクの種類、リスクの度合いなどさまざまな要因は異なる。ここで説明していることは、あくまでも総論的なものであるということをお伝えしておきたい。


<プロフィール>
和田大樹
(わだ・だいじゅ)
清和大学講師、岐阜女子大学特別研究員のほか、都内コンサルティング会社でアドバイザーを務める。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、企業の安全保障、地政学リスクなど。共著に『2021年パワーポリティクスの時代―日本の外交・安全保障をどう動かすか』、『2020年生き残りの戦略―世界はこう動く』、『技術が変える戦争と平和』、『テロ、誘拐、脅迫 海外リスクの実態と対策』など。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会など。
▼詳しい研究プロフィールはこちら
和田 大樹 (Daiju Wada) - マイポータル - researchmap

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