建都さなか幻と消ゆ?
ご存じですか? 日本遺産『古代日本の「西の都」』。太宰府市が単独で2015年に文化庁へ申請し認定されていた称号を、福岡県が代表自治体となり筑紫野市、春日市、大野城市、太宰府市、那珂川市、宇美町、佐賀県基山町へ広域化する変更を19年(令和元年)に申請し、20年に改めて第一期日本遺産認定組に収まっていたこと。そして今年2月4日、リストからこぼれ落ちたことを。
文化庁は日本遺産の趣旨や目的、効果を「文化財や伝統文化を通じた地域活性には、その歴史や風土に根ざしたストーリーが大事で、有形無形の文化財を網羅的に活用することが情報発信、人材育成、環境整備などに役立つ」と説く(別図参照)。ストーリーこそを“Japan Heritage”に認定し、文化財群を“らしく”連結する取り組みを後押しする。
新版『古代日本の「西の都」~東アジアとの交流拠点~』は、点在する30の構成資産を結ぶストーリーを構築した。23年度日本遺産点数評価プロセス・採点結果および評価結果を見ると、此度の認定取り消しに、ストーリーそのものへの難癖はつけていない。主だった指摘は、「自治体間の連携不十分」「ストーリー展開が不明瞭」「観光コンテンツが見えない」などと、日本遺産たる意義を発現させる取り組みが足りていないとされる。

物語れない点の乱れ撃ち
そもそも危うかった。15年度認定地域 日本遺産総括評価・継続審査では、崖っぷちの評点。21年度総括評価・継続審査では、条件付き認定地域となっていた。【100件程度を超えたら上位地域を日本遺産】という条件に照らされ、新たな地域の申請にも圧迫され、哀れ、「西の都」は制度初の格下げとなったのだ。
「大太宰府」的なスケールメリットを期待して、近縁・遠縁の遺構を手繰り寄せ、壮大なストーリーを描こうとしたのが裏目に出たか。HP内での地域連携、ストーリー展開ぶりは学際的で上等だが、回遊を促す仕掛けの実態がともなっていないと判定された。
「国際交流都市のストーリー」を令和の誰もが、すなわち予備知識のない物見遊山の旅行者が、万葉人の気分にひたり、紐づけられた遺構を求めてめぐるのは期待過多。日本遺産とは、もともと観光振興的色合いの濃い仕組みづくりに文化庁の舎人的思考を持ち込んだ制度、といった印象を筆者は有す。こなれない審査、実況検分に関係者双方が浮足立っていやしないか。実際、審査委員会内でも課題が挙げられているようだ。
ユネスコ世界遺産では、現世の市民生活に合致しにくいため登録を返上した事例がある。ドイツ・ドレスデン市の文化遺産エルベ渓谷(09年)、イギリス・リヴァプール市の歴史的景観(21年)。恥でも損でもない。登録抹消で対象物の価値が減じはしない。地元民は生活上の利便を損なわれずに済み、認定組織とは見解を違えど、身近に世界的価値があることに誇りを持ち続ける。
「西の都」の降格は、文化財的価値の拡張上書き、観光コンテンツ開拓によるサテライト浮揚が、日本遺産の間尺に合わせると、今のところうまくいっていない、だけである。構成資産は泰然とそこにあり、太宰府天満宮は参拝客増に困惑するほどである。地域振興の戦略を練り直す機会とし、認定リストに返り咲くのが正解か、慎重に再考すればよい。災い転じて福となす。賢者、菅原道真公はきっとそう諭す。
遊び心で巻き返し
現況のストーリーは仕掛けたい側の方便であり、仕掛けを受け容れてもよい側のウォンツと同期するものではない。太宰府参道で梅ヶ枝餅を頬張っている人たちが、官お墨付きの物語で綾取られた遺構群に関心をもち、周遊を思い立つ文化的素養を備えた人ばかりじゃない。興味の沼に引き込むには狡知も要る。「西の都」は手札を検め、教科書的なストーリー構築と局面を変えてみるには、良い機会だ。マーケットインの観点から、今どきの“副読本”をこしらえてみる。日本遺産の厳然とした律令格式からいったん距離を置き、近傍の遺構それぞれに奔放な外伝を紡いでみる。
スピンオフがあってよいではないか。RPG風の遊び心を以って、ページ・ターナーの筋立てを盛り込むのは冒涜か。生真面目一辺倒では、着想困難なコンテンツ。少々お行儀は悪くても、訪問動機を呼び起こすテーマ、シークエンス、そして体感させるソフト展開。学説や通説からすれば噴飯モノのストーリーだって、ナラティブの1つ。
めぐるのに強いられる公共交通の不便さや、おぼつかない現地態勢を勘案しても、味わってみたくなる“力ずく”企画だ。現地へ実際に足を運ばせることで、文化財群をちゃっかり借景とすることができ、訪問者の属人的関心を密やかに播種し、文化的教養が後日備わったなら、妙なる再訪欲求を芽吹かせる可能性を秘める。
ナラティブを魅惑的に肉付けするのが、ストーリーテリングだ。「西の都」が調達し得るそうしたソフト、ハードは、「大和の中央機関」へ律義に頼らなくても、渡来モノを含め、広く参集させられるのではないか。

スピンオフの一つにどうか
<プロフィール>
國谷恵太(くにたに・けいた)
1955年、鳥取県米子市出身。(株)オリエンタルランドTDL開発本部・地域開発部勤務の後、経営情報誌「月刊レジャー産業資料」の編集を通じ多様な業種業態を見聞。以降、地域振興事業の基本構想立案、博覧会イベントの企画・制作、観光まちづくり系シンクタンク客員研究員、国交省リゾート整備アドバイザー、地域組織マネジメントなどに携わる。日本スポーツかくれんぼ協会代表。

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