【特集】地方の学校法人の生き残り戦略~武雄アジア大学構想の状況レポート

武雄アジア大学の完成予想図 出所:旭学園HP
武雄アジア大学の完成予想図 出所:旭学園HP

 佐賀県武雄市で進められている「武雄アジア大学」の設立構想。武雄市が総額19.5億円の支援を決定したことに疑問の声も上がっているが、本件は人口減少にさらされた地方における私立学校経営を問う事例として注目に値する。今後の展開を控えた構想について、苦境に立たされた地方の学校法人の生き残りをかけた取り組みをレポートする。

「認可」か「取り下げ」か 審査のスケジュール

 (学)旭学園(本部:佐賀市、内田信子理事長)は『武雄アジア大学』を佐賀県武雄市に設置するための認可申請を昨年10月に文部科学省に対して行った。現在審査中だが校舎はすでに建設中で、8月の答申で認可されれば、来年4月に1学年定員140名の4年制大学として開学する予定となっている。

 ちなみに、大学設置申請では基本的に「不認可」という答申が下されることはない。設置認可の審査は段階的に行われ、12月と4月に審査会、その翌月に申請者へ審査意見の伝達が行われる。審査会から是正が要求されれば申請者は3月か6月に補正申請書を提出することになるが、審査会の意見に応じた補正ができない場合、その段階で申請を「取り下げ」ることになる。8月以降の継続審査で認可されないこともあるが、設置が認められない場合、多くは8月より前の取り下げによって結果が出る。取り下げられた申請は、10月に再申請を行うか、時間をかけて申請内容を練り直して翌年以降に再申請をすることになる。

 以上が取り下げの一般的な流れだが、武雄アジア大学の場合、設置申請の資金計画に武雄市が予算建てした補助金が含まれるため、再申請をするには、再度市議会で補助金が予算として可決される必要がある。

地方の学校法人の厳しさ 旭学園の場合

 旭学園は佐賀女子短期大学(2024年度現員数292名)、佐賀女子高等学校(同895名)、こども園(同323名、2施設)を運営する。地方で短大を運営する学校法人の例にもれず、財務状況には苦しさが現れている。

【表1】事業活動収支計算書の要約
【表1】事業活動収支計算書の要約
【表2】要約貸借対照表
【表2】要約貸借対照表
【表3】活動区分別資金収支計算書の要約
【表3】活動区分別資金収支計算書の要約

 一般企業における損益計算書にあたる事業活動収支計算書【表1】を見ると、旭学園は、営業利益にあたる教育活動収支差額もそれ以外の事業を含めた経常収支差額も毎年赤字で、最終利益にあたる基本金組入前当年度収支差額も特別収入があったときを除いて赤字だ。その結果、貸借対照表【表2】の24年3月期の累積赤字は24億6,500万円におよぶ。

 赤字の原因は収益力の弱さで、収益の柱である学生生徒等納付金と、国や自治体から交付される運営に対する補助金である経常費等補助金の推移を【表1】で見ると、21年3月期から補助金が学生生徒等納付金を上回っている。経常補助金比率は45%を超え、補助金への依存度が極めて高い。仮に国の制度変更によって補助金が減らされることになれば、途端に死活問題になりかねない状況だ。よって補助金が減額される要因となる定員充足率を改善するために年々定員を減らすなど旭学園は対策を行ってきた。

 次に、キャッシュフロー計算書にあたる活動区分別資金収支計算書【表3】を見ると、補助金を含む教育活動資金収支差額はすべてプラスだが、施設設備等活動資金収支差額は大きな施設関係支出があると大きなマイナスで、その他の活動による資金収支差額も17年3月期に1億5,000万円の借入をしたとき以外、借入金等返済と利息支出により毎年マイナスだ。その結果、支払資金の増減額は、単年ではプラスの年が多いものの、施設関係の大きな支出が発生するたびに大きなマイナスとなっている。つまり、段階的に現金が減っている状況だ。

学校法人としての存続 少子化で大学新設の道

 このような構造赤字から脱却するには、学生数を増やして学生生徒等納付金を増収しなくてはならない。具体的には現金があるうちに新規事業を立ち上げることだ。だが、短大の需要は日本全体で急速になくなっており、国も政策的に短大の縮小誘導を行っている。一方、4年制大学に対して国は支援拡充策を打ち出している。また、学生の在学期間が長いため授業料も確保しやすい。よって旭学園の立場に立って考えると、4年制大学の新設が起死回生策になる。

 いうまでもなく、日本は少子化の真っ只中にある。日本国中で短大に限らず学校法人が経営難に陥っている理由が学生数の減少にあって、今後も先細りするとなれば、一般企業なら教育業界をあきらめて、たとえば不動産業など業態転換を検討すべき状況ともいえる。ところが学校法人は、教育活動という非営利活動を行う法人格として私立学校法で規定されており、教育や研究活動に関しては法人税や固定資産税などが免除されるなど、株式会社などとまったく異なる制度のもとで成立している。このため、教育活動をやめてほかの事業へ業態転換することや、学校法人から株式会社などに法人格を変更することはできない。学校法人が生き残るには、たとえ少子化の時代でも教育活動を続けるほかない。

 とくに地方で短期大学を運営する学校法人が置かれた状況は厳しい。同じ佐賀県にある(学)佐賀龍谷学園は、短大(23年度現員数133名)、高校(同735名)、中学(同62名)、こども園(同224名)を抱えるが、24年3月期は総資産45億円弱に対して累積赤字27億円超、経常費補助率は46%超に達した。同学園は同年2月、運営する九州龍谷短期大学の学生募集を25年度以降停止することを発表した。

 各学校法人が教育活動を維持するために身の振り方を検討するなかで、旭学園がとった戦略は大学新設による生き残りであった。

APU開学に携わった今村新学長の手腕

 22年4月、旭学園の中核である佐賀女子短期大学の学長に今村正治氏が就任した。今村氏は(学)立命館の職員として長年事務方を務め、立命館アジア太平洋大学(APU)の開学に携わり、14年に立命館常務理事、APU副学長、19年3月に退職して以降は、学園経営コンサルタントとして学校法人や別府市などのアドバイザーを務めている。

 2000年に別府市に開学したAPUは、留学生を主な学生とする国際大学として構想が立てられ、それを前提に大分県ならびに別府市の誘致を受け、開学に至った経緯がある。現在、6,200名超の学生のうち半分近くを留学生が占める。

 今村氏はAPUの開学にあたって韓国で留学生の募集などにも携わっていたことをインタビューで述べており、留学生を集めることに精通した人物とみられる。少子化で国内学生の確保に苦戦する学校が多いなか、留学生比率を拡大する私立大学が増えている。留学生の募集は現地エージェントなどとのコネクションがものをいう領域だ。

 佐賀女子短大も、今村氏の学長就任後、留学生数が急増している。【表4】を見ると、23年度まで新入生数に占める正規留学生率は多くても20%程度で推移していたものが、24年度には40名で28.2%、25年度は74名で40.7%となっており、留学生の募集を強化していることがうかがわれる。

【表4】旭学園が運営する学校・施設の学生数などの状況
【表4】旭学園が運営する学校・施設の学生数などの状況

大学誘致を実現させた市長と学長の同床異夢

 旭学園にとって4年制大学の設立が構造赤字を脱する突破口だが、文科省へ設置申請を行うには、資金や用地確保の裏付けが必要だ。財務的に余裕がない旭学園がこの問題をクリアーする方法は、大学誘致を望む自治体の支援を取り付けることだ。

 23年2月、旭学園は武雄市(小松政市長)と、大学設置に関する覚書を取り交わした。旭学園が武雄市に新大学を設置するにあたって、武雄市が一定の支援を行うことを約束するもので、旭学園にとって大学開設に向けた大きな一歩となった。

 武雄市の誘致はどのようにして決定したのか。翌月の武雄市の「市長の部屋」というページに記された小松市長の文章からその状況がうかがえる。

市長文章要約
 22年5月に今村学長が就任あいさつで武雄市役所を訪れた。市長と学長はすぐに打ち解けて意気投合し、1週間後に市長が佐賀女子短大を訪問、その後も定期的に会合を重ねた。市長はかねてより子どもたちの学ぶ機会を増やすために学校を誘致したいと考えており、新大学の設置構想をもっていた旭学園に対して、学校誘致の熱意を伝え続けた。大学誘致が実現したのは、学長との邂逅、ならびに旭学園のタイミングが一致した結果であるとして、その成果を市長は、「天地人。まさに僥倖です」と記す。

 旭学園の大学構想が市長の思いと一致したことが誘致実現の要因だったとのことだが、覚書締結に至る背景が23年12月の市議会で明らかになっている。実は支援案を作成するにあたって市側は、大学構想や地域との親和性、市の支援案などを中心に検討を行い、必ずしも旭学園の財務状況を把握していなかったというのだ。存続をかけた学校法人のシビアな生存戦略に対して、市はあまりにも現実を知らない大学誘致の夢に浸っていたのではないか。両者の思いが一致したのは上っ面の部分であり、内なる思惑は決定的に違っていたのである。

 その後、市長は、24年6月の市議会における補正予算に関する討論で、旭学園が「特定資産や現金預金で16億円」の資金があるとして財務状況に問題はないとの見解をあらためて示した。そして、その議会で総額19億4,809万円(武雄市負担:12億9,873万円、佐賀県補助:6億4,936万円)の補正予算が賛成多数で可決された。(ただし補助金交付は設置認可された場合の条件付き。)

 この他にも武雄市からキャンパス用地として市街中心部に約1.1haの土地が提供された。条件は30年3月まで無償、その後、51年3月まで有償の予定となっている。市は有償機関に賃料で約2億円を大学から回収できるとして、支援額は実質11億円と説明する。
 このように旭学園は武雄市の支援をとりつけて、設置申請に必要な資金計画と建設用地を確保し、昨年10月に申請にこぎつけた。

開学後の現実的課題は留学生確保による採算化

武雄アジア大学の完成予想図 出所:旭学園HP
武雄アジア大学の完成予想図
出所:旭学園HP

 武雄市が武雄アジア大学を支援する根拠は大きく分けて2つだ。1つは①地域の学生の就学先になること、もう1つは②地域活性化につながることである。

 だが①について旭学園は、市のホームページで「学生確保の見通しは、大学設置認可基準にもある『高校生に対するアンケート調査』を行い、入学定員(140名/年)を満たす進学意向者の回答を得ている」と説明しているだけで、肝心のアンケート結果を公表していない。しかし、昨今の大学事情や立地上の条件からして、学生確保については難しさを指摘する声が多く、旭学園がそれに反駁できる客観的証拠を示していない以上、困難と考えることが現実的だ。

 となれば、もし開学したとしても、その後の武雄アジア大学の経営は、留学生をどれだけ集めることができるかにかかっている。先述の通り、佐賀女子短大の留学生数が急増していることからしても、同じ手腕で乗り切ることが想定されていると見るのが自然だ。また留学生の増加は支援根拠②に適うものとして、支援を決定した武雄市にとっても最低限のラインは満たしたと解釈することもできる。ただし、留学生の規模拡大は地域社会の理解も必要な事象だ。旭学園が情報公開によって地域の信頼を着実なものにしていけるかどうかも、財務上の問題と合わせて、大学運営の重要な要素となるだろう。

取り下げとなった場合

 では、もし「認可」ではなく「取り下げ」となった場合、どのような展開が考えられるだろうか。構想の取りやめか、再申請の2つが考えられる。

構想取り止め

 この場合、旭学園の前途は多難だ。一方、武雄市にとっても問題が残る。予定地である武雄市の用地では建設が進み、4月24日現在の工事進捗率は12%となっている。認可されない場合、旭学園が原状回復を行うことになっているが、旭学園の財務状況に決して余裕はない。設置認可が条件の補助金を武雄市から得られず、さらに用地の原状回復費用まで負担することになれば、旭学園の経営に重大な結果を招きかねない。だが旭学園は現在、短大、高校、こども園を運営している。最悪の場合、これを破綻させる直接的原因となるような原状回復の要求を、地域学生の就学先の確保を建前として大学を誘致した武雄市が粛々と要求することができるだろうか。旭学園に原状回復を求めることが難しい場合、建物の譲渡などを含めた新たな着地点を探る検討が必要となる可能性がある。

再申請

 再度設置申請を行うには、冒頭で述べたように、市議会で再度、補助金を含む予算を可決する必要がある。だが、市議会がすんなりと再可決を行わず、なぜ武雄アジア大学が認可されなかったのか問題とする場合、いったいどのようにしてそれを検証するのか。検証するべき申請書類は、取り下げられた場合、文科省から公表されない。よって旭学園に公表してもらう必要がある。だが、これも学生確保の見通しについてのアンケートを非公表にしたのと同じ理由で、次回審査に係る情報として旭学園が非公表にすれば検証することはできない。その場合、市長はひたすら旭学園を信じて補助金を含む予算案を提出し、議会も唯々諾々とそれに従うのだろうか。

沈黙する小松市長 地方と教育の現実

 旭学園は学校法人としてできる限られた選択肢のなかで自らの道を選択したが、一方で旭学園に夢を託した小松市長はどうか。武雄市の動向に関心を寄せる人々から聞こえてくるのは、小松市長が何を考えているのか分からないという声だ。小松市長は旭学園との覚書締結発表を最後に、個人ブログの更新をやめている。語らないのはまさに夢から覚めたからに他ならないと思われるが、これから小松市長には自治体のトップとして、地方自治体の将来ヴィジョンと現実を見据えた判断が迫られている。

 地方にとって人口減少ととくに若者の流出は抗えない現実だ。しかし、それは地方の教育業界にとってもさらに差し迫った現実である。そのなかで苦境に立つ学校法人が生き残りをかけて行政を巻き込んだ取り組みの一例として、本件は今後の展開が注目される。

【寺村朋輝】

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