九州の観光産業を考える(33)接遇術~天神ビッグバン中間見立て(2)

抜け道と巣穴を憩い場へ

 ハードとソフトが相乗し合っているか、一体開発の効用を見出したい。天神の新たなランドマーク、ワンビルの諸相から、百人百様の来街者に呼応する街の姿をモデル的に捉え、エリア全体へ敷衍(ふえん)できるマネジメント術を考察したい。

 その前に、天神ブリッククロス。2025年4月竣工のオフィスビルは2つの大通り、明治通りと昭和通りを2棟の連続する側面で南北に結ぶ。既存道路は天神通線の南側延伸区間として拡幅され、セットバック部分の8mは90m長におよぶコリドー(回廊)を成す。現状、この両端に集客力あるアンカーがなく、人通りはまばらだが、新登場の抜け道は幅広なコリドーに、たとえばキッチンカーやマルシェワゴンが昼間の屋台街のごとく並べば、パークレットとして目にも楽しい賑わいを呼び込みそうだ。ビル壁面のデザインで福岡市赤煉瓦文化館へのオマージュや福岡市の都市緑化へ共振する風合いは、時間の流れを緩やかにもしてくれる。地下鉄コンコースへの開口部は密やかな茂みで、大木の根元に空いたウロへ忍び入るよう。筆者には、寓話「不思議の国のアリス」に出てくるウサギ穴を連想させる。

 全体として着工前の構想案を体現しており、好感を覚える。福岡市が天神ビッグバンに掲げる目標像『人を中心とした「歩いて出かけたくなるまち」に生まれ変わります』には、一番の注目株かもしれない。

明治通りと昭和通りをつなぐブリッククロス回廊は安らぎを醸し、夏にはクーリングシェルターとなる地下街への誘導路に
明治通りと昭和通りをつなぐブリッククロス回廊は安らぎを醸し、
夏にはクーリングシェルターとなる地下街への誘導路に

扇の要の空な役回り

 ワンビルが謳うのは、「創造交差点をコンセプトとして、新たなビジネスや文化の発信の場を創出」「6、7階に天神交差点を一望する九州最大のスカイロビーを計画。オフィスエントランス、カンファレンス、コワーキングスペース、カフェなどを配置。各用途の動線を集中させることで偶発的な出会いを生み、新たなビジネスや文化が創出される場となることを目指す」「多くの人が行き交い、交流できる場や市民が憩える広場を創出」。

 開業間もない日数で達成度合いを測るのは困難だが、“偶発的な出会いを生む”という策謀めいたコンセプトが好ましく、その予兆とも見える現象を捉えてみたい。

 天神ビッグバンでは、複数のビルが同時期に解体へ移行し、昼食難民が多く発生していたと聞く。地下鉄中央改札口最寄りのワンビル地下2階「One B2(ワンビーツー)」は、地下鉄コンコースとのあやふやな境界で通行者をビル領内へふらふらと立ち入らせ、話題の店舗を主動線の最奥にうかがわせる配置で、客をフロア深部へ誘い込む。そして動線の促すまま、地下1階の飲食街へ引き上げる。地下2階が撒き餌のように彩りとざわめきを放つテイクアウト店を並べるのは、この門前街への滞留をできるだけ短くしたい考えとも見る。

 地下鉄改札から1階上がる・地上から1階下がる地下1階は、ゆるく仕切られた個店形式の「天神のれん街」と、飲食席を寄せたフードホールを共有するイートイン形式の店が集合する「iiTO TENJIN」の2ブロックからなる。フロア全体は口の字型のわかりやすい動線を敷き、再訪性と収容性を重視している。気掛かりは、フードホールを単身で利用する際、自席確保と各店頭での料理注文へ意識を同時に向けなくてはならないこと。手荷物を置き一時離席に不安を覚える客をサポートする、配慮なり世話人なりはうかがえない。

 物販店を集積させた1~4階は幅員ある通路と座れる休息所が空間にゆとりを感じさせ、大きく開口する窓からは天神の風景が各フロアへ流れ込んでくる。街の空(そら)を共有し、街へ同化しようとしている。

天神交差点へ向くワンビル玄関口には広い公開空地、そして観覧席よろしく滑らかな座面を有す植栽ポット
天神交差点へ向くワンビル玄関口には広い公開空地、
そして観覧席よろしく滑らかな座面を有す植栽ポット

語らぬ街角は機会損失

 昼食難民救済に一役買おうという5階「天神福食堂」へは、空間コンセプトを違える上下階と区切りつけるため、エスカレータ動線を変えている。一般客も受け入れる職員食堂的な大食堂は、昼食時の来街客の人流を同ビル内の就業者と“偶発的に出会わせる”運用となる。ダンボ耳にしていれば、互いに興味深い情報や交流を得られるかもしれないし、どの料理にも気前良く添えられる天神モダンの眺望が、偶発的な閃きを降臨させてくれる。キャッシュレス決済のみは、のんびり余暇目的の来街者とせわしい昼食時間の就業者とを不幸な偶発的出会いで苛立たせないかもしれないが、反面、肉声のやりとりを省くDXは、人間味ある偶発的出会いのきっかけを削ぐことにもなる。

 開業時にはエスカレータ乗降口に制服警備員が、フロア要所ごとに係員が配置されていた。係員は人流に支障がないよう監視しているだけで、埋没する黒子のような風態。来街客へ出会いを促す姿勢はうかがえない。そんな黒子たちだったが、もう姿はない。

 筆者は、来街客を進んで迎える役回りを常時配備すべきと考える。街区1つ分の商業施設を上下水平に擁すワンビルなら、なおさらハードとソフトを積極的に仲立ちすべきだ。建築構造物だけで偶発的コミュニケーションを引き起こす力は、まだないと見た。いずれそんな役回りはロボットが担うかもしれないが、無案内、身勝手などが跋扈する都会では、フェアリーダストを適宜に振りかける人間の世話力、機転がまだ上回る。

接遇エンジニアリング

 偶発的な出会いが、フードコートで料理を乗せたトレイをすれ違いざまにぶつけることなんてのは、願い下げだ。来街者にとって天神の街歩きは、新発見に出会える楽しいものであってほしい。それには、そうした状況を導く仕掛け、術がなお必要である。“おもてなし”という抽象表現で具体所作の一様でない親切行動を、事業所や店舗で働く個々人に、ましてや主体の入り組む茫漠とした街に委ねるのは、お気楽に過ぎる。では、そのような術とは何か。

 その解へ至るのに、<歩行者とは何者か?><快適な歩行空間とは?>といった視点で来街者を分析してみるのも手だ。<なぜそこを歩いているのか?>買物や待合わせ先への到達手段、健康保持、人恋しさ、風景や出来事との出会いを求めて―まぁいろいろある。筆者は“歩きたくなる”“居心地良い”の要諦として以下の7つを考え、接遇エンジニアリングについて簡単に説明しておきたい。

(1)街中の多様なシークエンスを演じる主人公としての“私”
(2)良くも悪くも都市の“匿名性”
(3)“見る×見られる関係”の構図
(4)相応しい舞台としての“修景”
(5)“秩序と混沌”が生む第一歩
(6)来街者の状況に見合った臨機応変な“接遇エンジニアリング”
(7)歩いて心地良い“物語消費”に糸目はつけず

たとえばアートとの邂逅で対話も引き出せる接遇上手な世話人をワンビルに巡回させてはいかがか
たとえばアートとの邂逅で対話も引き出せる
接遇上手な世話人を
ワンビルに巡回させてはいかがか

    接遇エンジニアリングとは、「ゲストをもてなす際の外形的な所作、振る舞い、仕掛け」と筆者は定義する。係員による来街者への接遇時における姿勢や動作、手順や運用システムを定型化、定性化し、従事する人材によって大差なくサービスを提供できることを目指す。多様な目的で来街する方々への接近方法、情報提供方法、誘導方法、パーソナルスペースへの配慮、ボディーランゲージなど、人的要件による街の意味づけ、魅力づけだ。道案内もすれば、ゴミも拾う、行列整理もする。関係者が等しく高い水準で、エリアの矜持や迎える姿勢を、来街者へマルチに表現する。そうした意識を備える接遇エンジニアリングにより、来街者へは対応を受けた現場を越え、街全体の好印象を記憶に刻み、持ち帰ってもらえる。

 ハードとソフトを親和させる接遇エンジニアリングを、街中に適正配備することが肝心なのだ。“Big Bang”には、通常の公共奉仕を超えるエンタメ要素込みのエリアマネジメントをドッカーンと膨張させてほしい。


<プロフィール>
國谷恵太
(くにたに・けいた)
1955年、鳥取県米子市出身。(株)オリエンタルランドTDL開発本部・地域開発部勤務の後、経営情報誌「月刊レジャー産業資料」の編集を通じ多様な業種業態を見聞。以降、地域振興事業の基本構想立案、博覧会イベントの企画・制作、観光まちづくり系シンクタンク客員研究員、国交省リゾート整備アドバイザー、地域組織マネジメントなどに携わる。日本スポーツかくれんぼ協会代表。

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