全国の空き家数は、すでに900万戸を超えて社会問題化している。そのなかで、これまで空き家問題は景観の悪化や治安の悪化といった観点で語られることが多かったが、近年は防災の観点から、その危険性が注目されている。老朽化した空き家の倒壊や延焼のリスクは、地域住民の生命と財産を脅かす可能性を孕んでおり、もはや個人の所有権の範疇にとどまらない公共的な課題となっていることなどだ。福岡県内では今年7月、3階建の空き建物(住居兼店舗)が突然崩壊。一歩間違えば、大惨事になる可能性があった。

20年以上放置され突如として崩壊
2025年7月21日の夜、福岡県福津市津屋崎で鉄骨造3階建の空き家が突如として崩壊した。外壁が大きく剥がれ落ち、鉄骨やコンクリート片、木材、さらには残された家財道具までが道路に散乱し、現場は瓦礫の山と化した。破片は近隣住宅の屋根や外壁を損傷し、衝撃音と粉じんに周囲は騒然となった。幸いにも人的被害はなかったものの、周辺地域ではガスや電気が遮断され、生活機能が一時的に麻痺した。さらに倒壊が連鎖する危険性があったことから、周辺の4世帯は自主避難を余儀なくされた。
この建物は1969年に竣工し、当初は1階が店舗、2・3階が住居として利用されていた。だが所有者が亡くなった後、相続手続きや活用策が進まぬまま20年以上も放置され、定期的な点検や補修は一切行われてこなかったという。崩壊の様子からも、長年風雨に晒され続けた結果、鉄骨部分が劣化し、外壁が剥落しやすい状態にあったことがうかがえた。いわば「時間をかけて進行した災害」が、一気に顕在化した格好だ。

現場は通学路に近接していたこともあり、地域住民への衝撃は大きかったようだ。福津市まちおこしセンター「津屋崎千軒なごみ」から数十mという観光エリアの一角に位置し、周囲には古い町家や歴史的建造物も多い。崩壊した建物に面した市道は江戸時代から続く伝統行事「津屋崎祇園山笠」の巡行路でもあり、実際に建物崩壊の前日である7月20日には山笠が通過していた。もしそのときに崩壊が起きていれば、祭りに参加していた住民や子どもたちを巻き込む大惨事になっていた可能性が高い。7月24日には市道が完全通行止めになり、建物は9月には解体される事態に至った。
歯止めがかからない空き家の増加
さて、総務省が公表した「2023年住宅・土地統計調査」によれば、同年10月1日時点で全国の空き家は900万2,000戸、空き家率は13.8%に達し、いずれも過去最高を更新した。日本の総住宅数に占める割合で見ても、7戸に1戸以上が空き家という計算になる。とくに「賃貸・売却用および二次的住宅を除く空き家」、つまり長期的に放置された住宅や取り壊し予定の建物などを指す「その他空き家」は385万6,000戸に上り、18年の前回調査から36万9,000戸増加した。総住宅数に占める割合は5.9%に達しており、増加傾向が鮮明である。【図】
福岡県においても空き家問題は深刻だ。23年の調査では空き家数は33万5,300戸、空き家率は12.3%。全国平均を下回るものの依然として高水準であり、県内の住宅約8戸に1戸が空き家という状況にある。「その他空き家」は13万戸で、総住宅数に占める割合は4.6%。18年調査の4.9%からはやや低下したものの、相当数が存在する。
その他空き家のなかでも、とくに危険性が高いとされるのが「特定空き家」である。これは「倒壊の恐れ」「衛生上有害」「景観を著しく損なう」「生活環境の保全上放置できない」といった要件に該当するものを指し、行政が是正勧告や命令を行うことができるものである。MUFG相続研究所などの推計によれば、全国の特定空き家は2~4万戸とされ、一見すると全体のなかではわずかに見える。だが実際には、津屋崎で崩壊した建物のように特定空き家に認定されず、行政の監視から漏れたまま危険を孕んでいるケースが相当数存在する。つまり統計に表れない「潜在的危険空き家」が全国各地に眠っているのである。
倒壊リスクは老朽木造建築物だけではない

空き家が防災上の脅威となる最大の理由は、老朽化による倒壊リスクである。地震や台風といった自然災害に見舞われた際、補修されないままの建物は一気に崩れ落ちる危険性がある。倒壊は避難路をふさぎ、救助活動を妨げ、隣接住宅や通行人に甚大な被害をおよぼす。津屋崎の崩壊事例では、幸いにして人的被害は免れたが、隣接家屋に損傷を与えており、大規模地震の際には連鎖的な家屋倒壊を引き起こす危険性を強く示唆している。

住民の避難を妨げる可能性が懸念される
また一般には木造住宅が危険視されがちだが、今回崩壊した建物は鉄骨造であった。築半世紀を超える1969年竣工の鉄骨造が長年放置されたことで劣化し、鉄骨部分の腐食や接合部の緩みが進行したことは明白だ。つまり、倒壊リスクを決めるのは構造素材の違いではなく、耐震補強の有無や劣化具合の点検の継続性、そして放置された期間の長さである。
次に深刻なのが、火災リスクだ。空き家には木材や畳、紙類などの可燃物が残されていることが多く、一度火がつけば延焼スピードは早い。また、狭い路地に立地していれば消防車両の進入が難しく、初期消火も困難である。過去の震災でも、老朽化した空き家が火災拡大の原因となった例は少なくない。さらに管理が行き届かない空き家では、電気配線やガス管が劣化し、漏電やガス漏れによる火災の危険も増す。津屋崎の事例では幸いにして火災は発生しなかったが、もしも火が出ていれば、瓦礫が燃え広がり周辺一帯に甚大な被害をおよぼしたであろう。
加えて、放火の標的にもなりやすい。総務省消防庁の統計でも「放火」は常に出火原因の上位にあり、管理不十分な空き家が犯罪の引き金となるケースも多い。
さらに近年は豪雨災害の頻発もあり、空き家は水害リスクとも結びついている。屋根や壁に亀裂が入れば雨水が浸入し、柱や梁の強度が低下して崩壊を招く。雨どいや排水設備の劣化や詰まりは周辺の浸水被害を悪化させ、庭や空き地に雑草が生い茂れば排水機能が損なわれる。豪雨時に屋根や外壁が強風で飛散し、避難中の住民に直撃する危険もある。さらに、不法投棄が繰り返されれば害虫や害獣の温床となり、災害後の避難生活に衛生リスクを持ち込むことになる。
法制度が整備されるも実効性には限界
空き家のリスクが社会問題化するなか、国は15年に「空家等対策特別措置法」を施行した。これにより、特定空き家と認定された建物に対しては、行政が助言や指導、勧告、命令を行い、最終的には行政代執行による解体も可能となった。だが、制度の実効性には限界がある。所有者が不明、または連絡不能というケースが多く、行政手続きが滞る。さらに解体費用は数百万円単位に上り、所有者や相続人が費用を負担できず、結局は自治体財政に重い負担がのしかかるからだ。
福津市の事例も、崩壊した建物は特定空き家に指定されておらず、是正勧告も出ていなかった。つまり、現行制度の網をすり抜けた「危険な放置空き家」が数多く存在することを示している。全国各地で潜在的に同じリスクが潜んでおり、制度と現実との乖離は広がるばかりである。

空き家の増加は、防災力だけでなく、地域コミュニティの結束にも悪影響をおよぼす。人が住まなくなった家は「見守りの目」を失い、火災や倒壊の初期発見が遅れる。さらに人口減少や高齢化で自治会や自主防災組織の活動が弱体化するなか、空き家はリスクの温床として地域全体の防災力を低下させる。
地域住民にとって、空き家は単なる景観の問題ではない。災害時の避難路をふさぐ存在であり、延焼経路をつくり出す危険要因であり、衛生環境を損ねる発生源でもある。津屋崎の事例は、空き家問題がもはや「個人の資産管理」ではなく、「公共の安全」に直結することを浮き彫りにした。
今回の津屋崎での崩壊事故は、幸いにして犠牲者の発生など致命的な被害こそなかったものの、現場は空き家が持つ防災上の危険を強く示唆するものであった。空き家は地方に限らず都市部でも急増し、誰にとっても身近な存在となっている。こうした現実をどう受け止め、改善していくか、行政だけでなく、市民1人ひとりが問われている。
【田中直輝】

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