 
福岡県内で建設労働災害による死亡事が多発したことで、福岡労働局が「死亡災害根絶 非常事態宣言」を発出する異例の事態となっている。だが、発出以降も死亡事故が発生しており、状況の改善が進んでおらず、福岡県内における通年での建設関係者の死亡者数は、近年にない多さになることが懸念されている。労使はもちろん、事業者間でも現場の安全確保について気を配るなど、業界全体での対策が早急に求められる状況だ。
宣言の発出は福岡県初の出来事
福岡労働局は2025年8月1日、千葉登志雄局長名で「死亡災害根絶 非常事態宣言」を発出し、建設業労働災害防止協会福岡県支部、(一社)福岡県建設業協会、(一社)日本建設業連合会九州支部、(一社)福岡県土木組合連合会、福岡県港湾建設協会、(一社)福岡県解体工事業協会に対して緊急要請文書(宣言書)を交付した。これは、25年1月から7月末までの時点で建設業における労働災害による累計死亡者数が8人に達し、前年同月末の累計5人から急増したことを受けたものである。
 
なお、24年通年の死亡者数は8人であり、25年は約半年で前年1年分と同数に達したことになる。宣言書には、「極めて憂慮すべき状況である。(中略)この事態を極めて強く受け止め、労働災害の撲滅と労働者の安全確保のため、労使をはじめ、すべての関係者が一丸となり、取り組みを進めることにより、死亡災害の根絶を期するものである」と記されており、強い危機感がにじむ内容である。【図①】
 
しかしながら、残念なことにその後も、死亡災害の増加には歯止めがかかっていない。福岡労働局労働基準部安全課によると、9月末時点ではさらに3人の死亡事故が発生しており、新たに確認された死亡事故は2件である。このうち、8月8日には福岡市中央区のビル改修工事現場で、エレベータ巻き上げ機(縦76cm、横28cm、高さ72cm、重さ約900kg)がバランスを崩して落下し、作業員2人が下敷きとなって死亡した。さらに9月15日には古賀市の物流倉庫建設現場で、作業台上で柱の型枠を設置していた作業員が、作業台の手すりと建設中の建物の天井部分の鉄骨に首を挟まれ死亡する事故が発生した。
これらにより、25年1月から9月末までの累計死亡者数は11人(前年同期6人)に達し、近年で年間死亡者数が最も多かった23年の12人に迫る状況となっている。なお、全国における建設業の死亡事故は同年同期で138人、前年同期比で1人増加している。このことからも、福岡労働局が非常事態宣言という強い措置を講じざるを得なかった背景が明らかである。
【図②】は7月末までに県内で発生した建設業死亡災害の概要をまとめたものだが、その災害の内訳を見ると、墜落、重機、崩壊といった「建設業三大災害」が主な原因であることがわかる。非常事態宣言は全国的には散発的に発出されてきたが、福岡労働局管内で発出されるのは初のケースである。
労働基準部安全課の石橋淳一課長は、「過去には年間2ケタの死亡者数を記録したこともあったが、その後、各関係団体と協力して減少傾向に転じつつあった。その状況から、25年に入り、再び顕著な増加が見られることに強い危機感を抱いている。死亡事故が増えれば、『建設業は危険な仕事』という認識が社会に広まり、将来的な人材確保が難しくなりかねない」と危機感をあらわにした。
外国人労働者への教育も課題の1つ
建設業三大災害とその対策は【図③】の通りである。たとえば墜落災害防止では、安全帯使用の習慣化、高所作業の削減、作業床や手すりの設置、スレート屋根上での安全確保などが挙げられる。福岡労働局では死亡事故の増加傾向を食い止めるため、通常監督に加え、業界団体と連携した決起大会やパトロールを強化。とくに工事の区切りが集中する年末に向けて、警戒レベルを上げている。
石橋課長は「業界の皆さまには自社の現場のみならず、他社の現場の安全確保にも気を配っていただきたい。業界全体で安全ルールを遵守する姿勢が必要である」と呼びかけている。
しかし、現場において安全対策を徹底することは容易ではない。そのことを象徴するのが、7月15日に久留米市六ツ門町で発生した解体現場崩落事故である。当時、6人の作業員が2階建の空き店舗の解体作業を行っていたが、建物が崩落し3人が下敷きになり、このうち2人が死亡した。死亡した2人のうち1人は、インドネシア出身の外国人技能実習生であった。人手不足を背景に、建設現場で働く外国人労働者の数は増加しているが、言葉の壁によって安全教育が十分に伝わらず、対策が行き届かないケースが懸念されている。こうした点は、今後の重要課題となるだろう。
ケアレスミスが生む「あわや」の事故
 ある解体業者の作業員は、次のように語る。
 「私は24年11月、右大腿部を複雑骨折する大ケガを負った。原因は土砂崩壊である。工期短縮を優先するあまり、土砂の土留めを徹底せずに作業を行ったことが事故を招いた。仲間とのコミュニケーション不足によるケアレスミスであり、一歩間違えば死亡事故になっていた。半年間の休業で、会社にも家族にも多大な迷惑をかけた。日本人同士でも現場での意思疎通が難しいことがあるのだから、外国人であればなおさら難しいと思う」。
この作業員を雇用する解体会社の経営者も、「当社の重要な戦力を失うところだった。当社にはインドネシア出身者も在籍している。この事故をきっかけに全社員に対して対策を徹底し、『安全第一』という標語がどこまで実践されているかを改めて点検しているところである」と話していた。
宣言発出に強い危機感
安全向上へパトロールを徹底
建設産業専門工事業団体九州地区連合会
会長 宮村博良 氏
 非常事態宣言の発出を重く受け止め、強い危機感を抱いている。死亡事故増加の原因としては、第一に担い手不足が挙げられるが、このほかにも工期に追われることや現場施工管理者の調整力不足が影響している。現場の安全総点検に向けて、KY(危険予知)活動の充実と安全な作業環境づくりのため、パトロールをより徹底する必要があると考えている。
    非常事態宣言の発出を重く受け止め、強い危機感を抱いている。死亡事故増加の原因としては、第一に担い手不足が挙げられるが、このほかにも工期に追われることや現場施工管理者の調整力不足が影響している。現場の安全総点検に向けて、KY(危険予知)活動の充実と安全な作業環境づくりのため、パトロールをより徹底する必要があると考えている。
具体的には、三大災害対策のうち、高所作業の削減、安全帯・手すり・ネットの設置、重機の有資格者運転などの徹底が求められる。朝礼においては、安全帯の点検、立ち入り禁止区域や重機設置場所の確認、業種間の連携の強化などを重点項目としている。7月には外国人技能者も犠牲となった。彼らには言葉の壁があるため、内容を本当に理解しているか再確認を行っている。現場に外国語による安全掲示を設置することも検討している。
また、猛暑対策も喫緊の課題である。もはや生産性の問題ではなく、命の危険性をともなう問題といえる。空調服などの熱中症対策グッズは年々進化しているが、猛暑が続く夏場では集中力を維持することが極めて困難であり、どんな対策も限界がある。建設技能者の命を守るためには、2~3週間程度の夏季休暇を導入することが、最も効果的な対策であると考えている。
熱中症による死亡の報告はなし
25年は、熱中症対策が社会的関心事となった年でもある。6月1日に改正労働安全衛生規則が施行され、職場での対策を怠れば労働安全衛生法第22条違反として罰則(6カ月以下の懲役または50万円以下の罰金)が科されることとなり、建設業界を含む産業界全体で意識が一段と高まった。福岡労働局労働基準部健康課の安部勝彦課長によると、「福岡県における熱中症発生の報告は9月末時点で73件と前年同期の70件を上回ったが、死亡例は1件もない。直近3年間は毎年1人ずつ死亡者が発生していたが、今年はゼロで推移している。これは、建設業関係者がしっかりと対処した結果であると考えている」と話す。
 
福岡市内のあるゼネコン経営者も、「今年は熱中症対策に全力を挙げ、協力会社を含む全従業員への注意喚起を徹底した。とくに現場の職長を責任者に据え、声かけや体調管理を徹底した結果、大きな事故もなく夏を乗り越えた」と安堵の表情を見せた。この経営者は、福岡県で非常事態宣言が発出されていたことは知らなかったが、「熱中症対策に神経を尖らせたことが、結果的に死亡事故を含む重大災害の回避につながったのではないか」と自己分析している。
中堅以上のゼネコンでは情報共有体制が整備されている一方で、小規模事業者では経営者自身が現場に立つケースも多く、情報収集に割く余力がないこともある。また、現場では「自分の現場では起きない」という正常性バイアスが働き、危機感が薄れることもある。情報伝達の断絶と意識の乏しさが、災害防止の壁となっている。
女性など新たな担い手に対応した対策も必要
担い手不足が深刻化するなか、建設現場における安全確保の重要性は一層増している。作業員が死亡あるいは重傷で長期休業となれば、現場の戦力低下に直結し、企業経営そのものを危うくする。前述のように熱中症対策を端緒に安全対策全般を見直し、成果を上げている企業も増えている。三大災害への対応強化はもちろん、現場内コミュニケーションの改善といった基本的な取り組みの徹底も重要である。
非常事態宣言は、労働局から各団体、加盟会社へとトップダウンで伝えられているが、現場で働く人々が危機意識を共有しなければ、意味がない。安全文化の根付きを実現するためには、現場レベルでの意識改革が不可欠である。
また、建設業の担い手不足を解消するためには、高齢者への対応に加え、今後増加が見込まれる外国人、さらに女性といった新たな人材層への対応も求められる。画一的な安全教育にとどまらず、それぞれの属性や立場に応じたパーソナライズされた教育・指導体制の整備が必要だ。多様な担い手に対応する柔軟な安全対策こそが、将来の業界を支える礎となるであろう。
【田中直輝】

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