命守る「夏季休工」制度 収入減と工期圧迫の壁

国交省が制度導入へ

 建設現場における“夏の常識”が変わろうとしている──。
 国土交通省(国交省)では現在、猛暑期に工事を一時的に停止する「夏季休工」制度の導入を進めている。炎天下での作業が多い道路舗装や土木工事などを対象とし、作業員の健康被害防止と生産性の維持を狙うもので、2026年度から地方整備局発注工事に本格導入される見通しだ。

 制度の骨子は、7月から8月にかけての夏の最も暑い時期に、1~2カ月間、現場を閉所するというもの。契約段階で休工期間を盛り込み、発注者と受注者が協議のうえで実施する。休工中は作業員の休暇取得や資材調達、施工計画の再構築に充てる。緊急性の高い復旧工事などは対象外とされ、地域の実情に応じた運用が前提となる。

 すでに関東地方整備局の宇都宮国道事務所などで試行が始まっており、25年7月時点で6工事に適用。現場の反応や課題の洗い出しが進められている

命と品質を守る「休む勇気」

 背景にあるのは、気候変動による酷暑の常態化と、建設業の深刻な人手不足である。近年、猛暑下での熱中症や転倒事故が相次ぎ、労働災害の4割が夏場に集中するとの報告もある。そのため国交省は、労働安全衛生上の観点から「命を守る休工」を制度化しようとしている。

 加えて、休工は品質確保にも資する。アスファルト舗装などは高温時に材料が劣化しやすく、施工不良や早期損傷を招くリスクが高い。無理な施工を避け、気温が落ち着いた時期に再開することで、長期的な品質・耐久性の向上につながる。

 さらに、24年に施行された時間外労働規制の強化を踏まえ、働き方改革の一環としての側面も大きい。休工を制度的に組み込むことで長時間労働の是正と休暇取得を促進し、若年層や女性など新たな担い手を呼び込む狙いがある。休工期間が家族の夏休みと重なることから、ワークライフバランスの改善にも寄与すると期待される。

 国交省関係者は、「猛暑のなかで働くのは危険であり、生産性も落ちる。多様な働き方を選択できるようにして安全性を高め、担い手の確保にもつなげたい」と強調する。

現場からの懸念──

 一方で、制度の実施には多くの課題も残る。最大の懸念は、日給制労働者の収入減だ。
 建設現場の多くの技能者は日給月給制で働いており、1~2カ月の休工期間は、そのまま収入ゼロに直結する。正社員であれば休業手当の支払いが見込まれるが、請負契約で働く一人親方や個人事業主は、補償の枠外に置かれやすい。生活基盤の弱い層ほど打撃が大きく、制度の公平性が問われている。

 休工を前提とすることで、工期と予算の見直しが不可欠となる。また、現場閉鎖中であっても、重機のリース料や資材保管費などの固定費は発生するため、資金繰りを圧迫するケースが想定される。さらに、休工前後に作業が集中すれば、早朝・夜間施工の増加や長時間労働の再発を招く可能性もある。夜間作業には割増賃金が発生し、下請企業の経営負担が増す。

 加えて、地域ごとの気候差も課題だ。北海道と九州とでは猛暑の時期や程度が大きく異なり、一律のスケジュール設定は実情に合わない。各地方整備局単位で、柔軟な運用指針を整える必要がある。

 さらに、夜間作業の拡大にともなう近隣住民への影響も見逃せない。騒音や照明への苦情対応、説明会の実施などで、現場管理の手間とコストが増大する懸念がある。制度の趣旨には賛同しつつも、現場関係者の間では「理想と現実のギャップ」を指摘する声が少なくない。

国土交通省関東地方整備局HPより
国土交通省関東地方整備局HPより

現場の安全か、収益か

 夏季休工制度は、安全・安心で持続可能な建設産業への第一歩と評価される一方で、収入減が避けられない構造のままでは「働きたくない業界」との印象を強める危険もある。とりわけ若手や中堅技能者の離職が進めば、担い手確保の目的そのものが揺らぐ。国交省は今後、雇用形態や契約方式を問わず補償が行き届くよう、労務環境の再設計を迫られるだろう。

 一方で、気候変動が加速するなか、酷暑対応は避けて通れない。夏季休工制度は、建設業界にとどまらず、農業や物流などの屋外労働をともなう他産業にも波及する可能性を秘めており、企業の労務管理においても「休むリスクを恐れない」ことが安全経営の条件となりつつある。

 制度の成否は、休工を単なる「作業停止」と捉えるか、「次の成長のための準備期間」として活用できるかにかかっている。技術研修や機材整備、デジタル施工の準備期間とするなど、創意ある運用が求められる。

【内山義之】

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