成長都市「福岡」における中小企業支援とは 価格転嫁、デジタル化を軸に全力でサポートする
福岡商工会議所
会頭 谷川浩道 氏
福岡は全国でも有数の成長局面にある都市だ。一方で中小企業は円安と資源高、人手不足という三重苦に直面している。これらの課題に対して、福岡商工会議所はどのような施策をもって地元中小企業を支援していくのか。福岡商工会議所会頭の谷川浩道氏に話を聞いた。
(聞き手:(株)データ・マックス 代表取締役会長 児玉直)
成長を続ける街「福岡」
中小企業には逆風も
会頭 谷川浩道 氏
──ここ数年で福岡という街の勢いが加速したように感じられます。
谷川浩道氏(以下、谷川) 福岡が日本でも有数の勢いがある街であることはたしかだと思います。たとえば、インバウンド需要という点において、東京や大阪に比して遜色がないと思いますし、都市としての魅力やバランスの面では名古屋に勝ると自負しています。適切な施策をしっかり打てば、この勢いは最低でも10年は続くと確信します。後年、歴史を振り返ったときに、「この時期の福岡は将来のためにいろいろなことをやった」といわれるよう、今、私どもは地域経済の構造的な課題に正面から挑んでいかなければなりません。
──2025年の福岡の経済はどうだったでしょうか。
谷川 県全体としては、インバウンド需要による押し上げ効果があり、またTSMCなど半導体関連の設備投資も底堅く推移するなど、概ね堅調でした。とくに日産自動車が神奈川県内の工場閉鎖を決定する一方で、生産拠点を福岡県内の工場に集約すると発表したことで、福岡・九州としては大きなマイナス要因を回避できたことは幸いでした。
ただし、国内需要が中心の中小企業は、原材料やエネルギーを輸入に頼る構造のため、厳しい逆風に晒され続けました。金融政策に起因する極端な円安と資源高がコスト増となり、さらに深刻な人手不足が人件費アップを引き起こしています。実際、私どもの経営動向調査を見ても、業況判断DIは6期連続でマイナスが続いており、事業者は先行きについて慎重な見方をせざるを得ない状況です。
中小企業の自己変革は
取引適正化から始まる
──中小企業に対する支援として最も重視しているものは何ですか?
谷川 福岡商工会議所が最も注力している施策の1つに、中小企業の「取引適正化」、いわゆる価格転嫁支援があります。中小企業は、人手不足やデジタル化による生産性向上といった課題に直面していますが、それらを解決するためには、まず適正な取引によって本来得るべき利益を確保する必要があります。この収益こそが人材投資やデジタル化投資の原資となります。
しかし、価格転嫁が思うように進まないという現状は、地方において極めて深刻です。東京などの大都市では、価格転嫁について「原材料費の転嫁はある程度進捗していて、残りは労務費だ」と表現されますが、地方の実態はまったく異なります。7月に調査会社が公表した数値によると、全国平均の価格転嫁率が39.4%なのに対して、福岡県内では過去最低の33.9%、11月に福岡県が公表したものでも41.3%にとどまっています。つまり、概ね3〜4割程度しか価格転嫁できていない。価格転嫁の実現は「まだ緒についたばかり」というのが正直な実感です。
──なぜ地方では価格転嫁が進まないのでしょうか。
谷川 地方ならではの取引の構造があると思います。地方では地域の中堅企業との取引が主で、互いに顔がよく見える関係であるため、値上げの要請を遠慮してしまうのです。しかも、地方では、バイヤー(購買担当者)が長期間固定していることが多く、その人に睨まれたり取引を切られたりしたら怖いという心理が働くのです。私どもは、取引適正化推進相談窓口を設けたり、25年度だけで約300社へのヒアリングをしたりして、取引実態を調査・把握し、地域の中小企業の実情として国に訴えてきましたが、この点については、官によるさらなる監視や規制の強化が必要だと考えています。
失われた30年間といわれるデフレの時代に、発注元の企業はコストカットによって目先の自社利益だけを追い求める風潮が定着し、このことが中小企業の価格転嫁を妨げ、日本経済全体の力を損ねてきました。しかし、今こそ「良いものは、それに見合った価格で」という考え方に転換する時です。長年の商習慣を変えるのは容易ではありませんが、このコストカット偏重という悪しき習慣に対しては、腰を据えて変革に取り組まねばならないと考えています。
人手不足を深刻化させる
「働き方改革」の問題点
──中小企業にとっては人手不足の問題も深刻です。
谷川 当所の調査では、経営上の問題点として「人材難、求人難、定着性の悪化」を挙げる事業者が、ここ2年半にわたって最も多いという状況が続いています【図1】。人手不足は、あらゆる業種でかつてないほどに深刻化しており、会員企業からは「人手不足で受注機会を逸失している」との声も聞かれます。
また、この深刻な状況の結果、多くの中小企業は業績改善をともなわない人材確保のための「防衛的賃上げ」を余儀なくされており、それが経営の圧迫要因にもなっています【図2】。
さらに、政策的に引き上げられる最低賃金も、地方の小規模事業者にとって大きな打撃です。最低賃金は、業績の良し悪しにかかわらずすべての企業に対して罰則付きで一律に適用されるものですから、通常の賃上げとは異なる性格を有しています。政策による強制的な賃上げは、余力のない地方の小規模事業者に実質的な廃業を迫るものにもなりかねず、かえって地域経済を衰退させてしまう恐れがあります。
また、この人手不足の構造的な問題には、日本企業の現場に即していない「働き方改革」の影響が少なくないと見ています。日本の1人あたりの平均年間総実労働時間は、1988年の2,092時間から2023年には1,611時間まで大幅に減少しました。一方、業務効率化は必ずしも進んでいません。労働生産性の向上が十分に進まないまま労働時間だけが厳しく制限され、結果として人手不足が発生しやすくなっている状況です。北欧諸国などは、まず徹底したデジタル化を進め、日常の事務処理を極限まで合理化することで、結果的に労働時間を節約できたのです。日本の「働き方改革」は、実現の順番を間違えたのではないでしょうか。現在、政府は働き方改革の見直しを掲げ始めましたが、私どもは、中小企業の実態を踏まえた効果検証をしっかり行ったうえで、適切な見直しをするよう切に求めています。
生産性向上の鍵
デジタル化支援
──中小企業の生産性向上には何が必要でしょうか?
谷川 生産性向上のカギはやはり「デジタル化」にあります。先述したように、価格転嫁によって得られた利益をデジタル化投資に回し、そのことによって人手不足が解消するとともに生産性が向上して賃上げも実現する、これが中小企業の自己変革のモデルだと思います。しかし現状では、デジタル化を進めるために必要な専門知識や推進人材が中小企業において圧倒的に不足しています。
また、当然のことながら経営者のなかには、「俺はデジタルはわからん」という食わず嫌いの方もおられますし、忙しさからデジタル化への挑戦をためらう企業も多い。
当所では、民間のIT企業3社と共同で「よかデジ」(23年3月設置)を設け、専門家や職員が個別サポートを行っています。25年4月~10月末までに、目標を上回る141件のデジタル実装を支援することができました。このデジタル化が徹底されない限り、日本はいつまでも労働生産性が上がりません。だからこそ、国が批判を恐れず、世界標準に合わせてデジタル化を進めるべきだと思います。
福岡城の「天守復元」とは何か
プロジェクトに込めた地域の誇り
──福岡城の天守復元について提言しておられますが、文化的なリーダーシップとして注目されます。
谷川 私どもが提言する福岡城天守の復元的整備は、決してインバウンドや観光需要の取り込みが目的ではありません。福岡市の将来を考えたときに、市民、とりわけ次代を担う若者たちに、郷土に対する誇りと愛着を抱いてもらうことが極めて重要です。彼らが地域のシンボルを誇りに思ってこそ、未来のまちづくりの原動力となるのです。
そのために24年6月から「ふくふく懇(福岡城天守の復元的整備を考える懇談会)」の活動をスタートさせました。学術的な論拠に基づいて福岡城の在り方について議論・検討をするためです。私どもは職員を全国に派遣して、歴史資料を1つひとつ確認し、筆跡や裏付けを取り、史料集として整備する作業を行ってきました。それに基づいて福岡市へ報告と提言を行い、25年6月から福岡市による天守台跡の発掘調査が開始されています。これは1957年の国の史跡指定以来、初めての学術調査です。
24年には市民アンケートを実施しましたが、その結果、天守復元についての市民の賛意がとても強いことがわかりました。天守復元に「賛成」「どちらかというと賛成」の合計が59.1%を占め、「わからない」(26.5%)を除けば、賛成派が80.4%を占めました。今後は、「わからない」など関心を示さなかった人たちに対して情報発信を進め、理解を得るための努力が必要だと思っています。
一方、文化庁の行政に対しては、強い問題意識をもっています。20年に「復元的整備」の基準が文化審議会で決定されました。この基準によれば、資料が一部欠けていても研究を尽くせば史跡の復元的整備が認められるはずなのに、実際には審査の厳格さは「復元」の場合とほとんど変わっていません。文化庁に対しては、この審査基準の明確化と運用の透明化を強く働きかけていく必要があると思っています。
九州全体の未来を支える
広域インフラへの提言
──九州商工会議所連合会の会長も務めておられますが、そちらの重点施策はありますか?
谷川 連合会としては、九州の広域的なインフラ整備が重要な課題だと認識しています。とくに、熊本の道路事情の改善について、ここ数年、国土交通省と経済産業省へ強い陳情を継続して行っています。TSMCなどの大型投資があっても、人流と物流が滞れば投資効果は出ません。経済産業省には投資効果をしっかり見届ける主体性をもって、国土交通省と調整を行うよう強く求めています。
また、福岡空港についても、発着回数増強に向けて、地元経済界や自治体で構成する「福岡空港機能向上等検討委員会」の一員として、国交省との議論にも関わっています。目標の45回/時間(最終的には50回/時間)に向けて、安全性を確保しながら増強を進めるよう、協議を進めていくつもりです。
福岡商工会議所の使命
──最後に読者へのメッセージはありますか。
谷川 私ども福岡商工会議所は、常に中小企業に寄り添い、経営のあらゆるステージで力強くサポートします。変化の激しい時代においては、企業には自ら考え、自らの足で立ち、変革に果敢に挑戦する「自己変革」が求められます。私どもは、価格転嫁による収益の確保、そしてデジタル化による省力化という2つの柱を通じて、中小企業の生産性向上を全力で後押しできるよう、役職員一丸となって邁進していきます。
【文・構成:寺村朋輝】
<プロフィール>
谷川浩道(たにがわ・ひろみち)
1953年福岡市生まれ。76年東大法学部卒業、大蔵省入省。財務省横浜税関長、大臣官房審議官、(株)日本政策金融公庫常務取締役などを経て、2014年、(株)西日本シティ銀行代表取締役頭取就任。16年、西日本フィナンシャルホールディングス代表取締役社長就任。21年6月、西日本シティ銀行代表取締役会長(現任)兼西日本FH代表取締役副会長、福岡商工会議所会頭に就任。24年6月、西日本FH代表取締役会長就任(現任)。










