政治経済学者 植草一秀
ベネズエラの首都カラカスで1月3日未明に複数回の爆発があり、米国のトランプ米大統領が自身の交流サイト(SNS)で「ベネズエラへの大規模な攻撃を成功裏に実施した」と明らかにし、ベネズエラのマドゥロ大統領と妻を拘束したと発表した。共同通信が伝えている。
トランプ政権はベネズエラが米国への麻薬密輸に関与していると主張して軍事圧力を強めてきた。25年12月下旬には麻薬組織が船に麻薬を積み込む港湾地域を攻撃。これがベネズエラへの初の地上攻撃だった。
ベネズエラは「米国による違法な武力行使」だとして国連安全保障理事会の緊急会合を要請。トランプ大統領は3日午前11時(日本時間4日午前1時)にフロリダ州の私邸マールアラーゴで記者会見する見通し。
CNNテレビは米上院軍事委員会が事前通知されていなかったと報じた。この問題について鳩山友紀夫元総理は12月3日、Xでベネズエラ空爆に踏み切ったトランプ米大統領を批判した。鳩山元総理はXで「ウクライナ戦争が未だ終焉せず、ガザでは雪混じりの雨で子どもたちは凍死と餓死と爆死に晒されている中、トランプ大統領はベネズエラの首都カラカスを軍事攻撃した。麻薬密輸組織対策としても殺人行為が許されるわけはない。船舶への空爆でも80人以上が殺されている。高市首相、トランプを制止すべし」と投稿した。
ロシアがウクライナで軍事作戦を始動させたとき、米国をはじめとする西側メディアは「ロシアによる侵略」であるとして非難した。ロシアの行動を「力による現状変更」だと批判して、「力による現状変更」を許してはならないとしてきた。米国がベネズエラに対して武力攻撃を始動させたことを西側メディアはどう報じるのか。
かつて米国はイラクに軍事侵攻した。イラクが大量破壊兵器を保持していることを理由に軍事攻撃を行った。国連安保理決議を踏みにじるかたちで武力行使に突進した。しかし、イラクから大量破壊兵器は発見されなかった。100万人ものイラク市民の命が失われたとも言われる。しかし、西側メディアは米国の侵略、侵攻を非難しなかった。ロシアの軍事行動を「侵略」、「侵攻」と非難するメディアが米国によるベネズエラに対する武力行使を「侵略」、「侵攻」と非難しないのは明らかなダブルスタンダード。市民はメディアが発する情報が歪(いびつ)の極致であることを知っておく必要がある。
米国での麻薬問題への対応を適切に行うことは必要だろう。しかし、これと他国への一方的な武力行使、戦争行為とは別次元の問題。ロシアによる軍事作戦始動を非難しながら自国のベネズエラでの軍事作戦始動を肯定するロジックは存在しない。鳩山元総理の指摘が正しい。ウクライナを正義の国としてロシアを悪の権化としてきた日本のメディアはベネズエラへの侵略、侵攻を行う米国を非難するのか。
米国陸海軍の特殊部隊デルタフォースがベネズエラのマドゥロ大統領夫妻を拘束したと伝えられている。他国が米国に軍事侵攻してトランプ大統領夫妻を拘束することを米国は容認するのか。ベネズエラの近隣国は米国を批判。地域情勢が緊迫化することになる。
トランプ政権は、麻薬カルテルを「武力紛争の敵対勢力」と位置づけ、議会の承認を得ることなく軍事行動の法的根拠を拡張する措置を講じてきた。トランプ政権の行動に対して大統領権限の不当行使との批判も高まっている。
トランプ大統領の対ベネズエラ強硬姿勢の背景に経済的利害も関わっているとの見方が強い。ベネズエラは世界有数の石油資源大国であるが、そのベネズエラ・エネルギー部門に米国企業が参入することが目論まれていると見られる。
ウクライナ紛争で「力による現状変更」を批判する国が率先して「力による現状変更」を強行しているとしか見えない。高市政権は米国による「力による現状変更」への行動を強く非難する声明を発するべきだ。
実は米国によるベネズエラへの対応が中国による台湾への対応に大きな影響を与える可能性がある。トランプ大統領は昨年12月16日にベネズエラに対する部分的な海上封鎖措置を打ち出した。トランプ大統領は、ベネズエラのマドゥロ政権の主要な収入源となっている石油収入を止めるためにすべての制裁対象のタンカーがベネズエラに出入りすることを「完全に封鎖」すると表明。このロジックが中国の台湾統一に向けてのプロセスに強い影響を与えることが想定される。中国が台湾に対して自らの支配を受け入れることを促す手段として海上封鎖が利用される可能性が指摘されているからだ。
米国が麻薬対策を口実にベネズエラへの軍事行動を拡大し、海上封鎖措置を取ることを正当化するなら、中国が台湾統一実現のために海上封鎖措置に踏み切ることが正当化されることになるとの指摘が生じている。
11月7日に高市首相が予算委員会で述べた内容は台湾と中国との間で台湾独立をめぐる武力衝突が発生し、中国が海上封鎖を行い、それを解くために米軍が来援し、戦艦を使って武力の行使をともなう場合は「どう考えても(日本の)存立危機事態になり得るケース」と述べた。この発言の問題点は「どう考えても存立危機事態」という部分にある。
さまざまなケースが想定されるわけだが、「その想定の組み合わせによっては日本の安保法制における「存立危機事態」に該当する状況が生じることは否定しきれない」と発言したのなら、正しいとは言えないが政府の従来の立場の範囲内の答弁であると言い逃れすることはできる。
しかし、高市首相は上記のケースについて「どう考えても存立危機事態」と述べた。言い換えれば
「まず間違いなく存立危機事態」となる。これは政府の従来の立場を完全に逸脱するもの。日中間の友好関係確立・維持・発展の蓄積を踏みにじる発言である。そのために中国が強く反発したが、反発するのが正当と言える。高市首相は非の部分は非と認め、日中友好関係の再確立に努めるべきだ。
しかし、ここで想定される海上封鎖という措置を米国がベネズエラに対して行使した。この事実は台湾問題に無視できない影響を与えるものになる。中国政府は米国によるベネズエラ海上封鎖について12月18日に「あらゆる一方的行動といじめに反対し、主権と国家の尊厳を守ろうとする国を支持する」と主張。中国はベネズエラ産原油の最大の買い手国である。
トランプ大統領は25年1月の大統領就任の当日、国務長官に主要な国際麻薬カルテルを外国テロ組織(FTO)に指定する手続きを開始するよう命じる大統領令を公布した。その上で麻薬密輸組織を単なる「犯罪組織」から「テロ組織」に指定替えを行い、9月に米国がそれらの組織と「武力紛争(armed conflict)」状態にあるとする覚書を議会に提出した。
ニューヨーク・タイムズが入手した同文書には、「大統領は、米国がこれらの指定テロ組織との間で非国際的武力紛争(non-international armed conflict)にあると判断し、国防総省に対し、武力紛争の法律に基づく作戦行動を実施するよう指示した」「米国民に対するさらなる死傷を防止するため、必要に応じて軍事作戦を遂行できる態勢を維持している」と記述されていると報じられた。
合衆国憲法では大統領は軍の最高司令官として、議会の事前承認を得ずに限定的な軍事力を行使できるとされているが、それは自衛や米国民・米国の海外利益の保護に限定されるのが原則。これを盾にトランプ大統領はベネズエラ侵攻に踏み切ったと言えるが、米国内外で大きな議論が噴出することは避けられない。
ウクライナでのロシアの軍事行動を激しく非難したメディアが米国の軍事侵攻を容認することはあり得ない。私たちが歪んだ情報空間の中に置かれていることを再確認することが重要だ。
<プロフィール>
植草一秀(うえくさ・かずひで)
1960年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒。大蔵事務官、京都大学助教授、米スタンフォード大学フーバー研究所客員フェロー、早稲田大学大学院教授などを経て、現在、スリーネーションズリサーチ(株)代表取締役、ガーベラの風(オールジャパン平和と共生)運営委員。事実無根の冤罪事案による人物破壊工作にひるむことなく言論活動を継続。経済金融情勢分析情報誌刊行の傍ら「誰もが笑顔で生きてゆける社会」を実現する『ガーベラ革命』を提唱。人気政治ブログ&メルマガ「植草一秀の『知られざる真実』」で多数の読者を獲得している。1998年日本経済新聞社アナリストランキング・エコノミスト部門第1位。2002年度第23回石橋湛山賞(『現代日本経済政策論』岩波書店)受賞。著書多数。
HP:https://uekusa-tri.co.jp
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