仕事は苦行なのか?(前編)(1)

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 私たちの生活は、人生の相当な時間を「仕事」というアクティビティに費やしているが、この社会では「労働」という行いを、何かつまらないもの、嫌なものとして感じる現象が長らく続いているように見える。…日曜日の夕方にテレビから流れてくる「サザエさん」が終わるころ、何やら沸々と憂鬱な気持ちが湧いてくる人たちがいるというのだ。仕事が苦行ともとれるような不幸な感情が人々を苦しめる。このような状況は、なぜ起こってしまったのだろうか。

バランスが取れない

 「生活できるお金は稼ぎたいし、文化的な生活を送りたい…」。当然の主張だ。でも週5フルタイムで出社していると、それを叶えることは想像以上に難しいというのは、『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』の著者・三宅香帆氏。現代では、働けど働けど暮らしは楽にならない、それどころか私たちは“本を読む余裕”さえなくなっているのだ、と。

私たちは本を読む余裕さえなくなっている
私たちは本を読む余裕さえ
なくなっている

    たとえば、フルタイムで働いている男性が育児に関わろうとすると、「育児休業」を取れ、といわれるだろう。しかし、気休めほどの一時的な処置はあっという間に終わる。本来、育児は子どもが家を出るまで十数年以上続くのだが、労働と育児を両立させる働き方の正解は、いまだに提示されていない。あるいはコロナ禍を経て、政府はますます副業を推奨している。しかし、週5フルタイム+副業は、過労にもなりかねない。なぜ私たちはフルタイムの労働時間を変えずに、副業を推奨されているのだろうか。自分の興味・関心や、生活によって生まれる文化があってこそ、人間らしい仕事が可能になるはず。現代の労働は、労働以外の時間を犠牲にすることで成立しているようにも見える。忙しい現代人は仕事に疲れ、仕事以外の活動に余裕が取れない。そして、日々の暮らしに疲弊する。やがて仕事を苦行と捉えていくことは、自然なことかもしれない。

 20世紀の哲学者ハンナ・アーレントは、人間の営みを「労働、仕事、活動」の3つに分類した。本来上位から「活動」→「仕事」→「労働」の順番で流れるべき人間の営み。「労働」は奴隷のもので、「仕事」は職人がし、「活動」こそ市民がすべきこと。しかし、産業革命後の近代社会では、人間の生活における優先順位は反転し、労働が価値の最上位にきてしまった(詳しくは本誌70号(2024年3月末発刊)『「孤独」の処方箋』を参照)。「労働」と「文化」を両立させる働き方ができていない。好きなことへの“活動”が十分に満たされないことが、仕事を苦行と感じさせる大きな理由の1つだろう。

構想と実行の分離

 労働とは本来、自分の能力を発揮したり、発展させて他人の役に立てて感謝されたりするポジティブな行為であるはず。ところが、「何なら明日も休みだったらいいのに…」と感じてしまっているように、「労働は嫌なもの、無駄なもの」のように成り下がってしまっている。

 本来、21世紀の経済学の問題は、労働ではなく、暇になった人類がどう余暇を過ごすか…であると考えられたが、実際は100年も前の時代よりも、もっと働いているようだ。私たちは、これからも仕事の奴隷で居続けるのだろうか?なぜ、さまざまなイノベーションが起きているにも関わらず、私たちは楽にならず、むしろ必死に働くようになっているのだろうか。

 労働には大きく分けて、「構想」と「実行」の2つの要素がある。構想とは「考え、計画」であり、実行とは文字通り、実際に行うこと。人間は本来の労働の姿においては、構想と実行を統一したかたちで成してきたが、現代では多くの場面でそれらが分離されている。これがもう1つの理由だろう。

構想と実行の分離は至るところで起きている pixabay
構想と実行の分離は至るところで起きている pixabay

 資本主義社会にとって、「構想」と「実行」の分離は都合が良い。仕事の旗振り役である資本家は、プロジェクトの「構想」の部分を担う。最も効率が良い労働者の分配と時間配分などを割り出し、作業の細分化・分業・効率化を考える。そこに労働者を“ただ実行するだけの存在”として当てはめていく。

 労働者は実行部隊として与えられた作業をこなしていくが、それは同時に、構想する力を奪われ、手足を動かすだけの存在になってしまう。自主性を奪われ、自律性を失い、他人に命令されたことを単調に行うだけの存在では、仕事はつまらないものになっていくだろう。概念的に“職人”とは資本家の逆を行くものだ。彼らは「構想」と「実行」を両方持っているため、資本家にとっては扱いづらい。だから資本家たちは“職人”たちを嫌い、その能力を奪うために技術のイノベーションを実施してきた。

 資本主義社会において、工場の生産性や効率化はどんどん上がっていった。労働者たちも、会社が発展して一時的には給料が上がってよかった。しかし、長期的にはいつでも誰とでも代替可能な存在に成り下がってしまうことは、自分たちの置かれている立場を弱いものにしてしまう。弱い存在の労働者は口を閉ざして必死に働き、少しでも賃金を上げるために長時間働くという悪循環。21世紀においても広い領域でこの現象が広がっていて、さまざまな職業の権利が奪われるような事態にもなっている。それは労働の現場を超え、イノベーションとは言いつつ、技術に従属するような存在へ(今でいえばAIに代替えされようとしている)。やがて他者に支配されていくような世界に、すり替わってしまいそうだ。

 「学校教育」という初動教育の政策で自主性を失ってしまったように、この国民の働く(学ぶ)マインドを変えなくてはならない。もっと魅力的で、楽しく働くものにできないだろうか?私たちは「構想」と「実行」を統一するような道筋に乗り、労働(学び)を健全なかたちに戻していかなければならない。

(つづく)


松岡 秀樹 氏<プロフィール>
松岡秀樹
(まつおか・ひでき)
インテリアデザイナー/ディレクター
1978年、山口県生まれ。大学の建築学科を卒業後、店舗設計・商品開発・ブランディングを通して商業デザインを学ぶ。大手内装設計施工会社で全国の商業施設の店舗デザインを手がけ、現在は住空間デザインを中心に福岡市で活動中。メインテーマは「教育」「デザイン」「ビジネス」。21年12月には丹青社が主催する「次世代アイデアコンテスト2021」で最優秀賞を受賞した。

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