私たちの生活は、人生の相当な時間を「仕事」というアクティビティに費やしているが、この社会では「労働」という行いを、何かつまらないもの、嫌なものとして感じる現象が長らく続いているように見える。…日曜日の夕方にテレビから流れてくる「サザエさん」が終わるころ、何やら沸々と憂鬱な気持ちが湧いてくる人たちがいるというのだ。仕事が苦行ともとれるような不幸な感情が人々を苦しめる。このような状況は、なぜ起こってしまったのだろうか。
静かに退職したい若者たち
「ある日、いきなり退職代行サービスから電話がかかってきて驚く…」。2023年頃から頻繁に聞くようになった話。退職代行サービスとは、従業員が(解雇ではなく)自らの意思で退職する際に、そのための通知や書類作成などの一連の手続きを代わりにしてくれるサービスのこと。「退職代行OITOMA」「トリケシ」「モームリ」「わたしNEXT」「SARABA」など、昨今の退職代行サービスのネーミングは実にユニークだ。本来自分でやればいい手続きを、わざわざお金を払ってまでやってもらう目的は、大きく分けて2つある。
① 面倒で煩雑な退職手続きを代わりに処理してもらうこと
② スムーズかつ円満に退職すること
①に関しては、あらゆる「代行サービス」に共通した目的であり、イメージもしやすい。そして②こそが、若者ニーズをがっちりとつかんでいる。退職のプロセスは、どんなときでも、誰であっても、一定のストレスがかかる。勤め先を訴える等の場合を除き、なるべく円満に退職したいと願うのが普通だが、とくに関係者へ知らせる過程はナイーブで気を遣う。何より、どんなリアクションがあるのかを想像すると、ちょっとくらいお金を払ってでも誰かにお願いしたい、という気持ちが若者の間で広がっていくのだろう。現在の若者の立場からすれば、そのストレス・コストが年々高まっていて、そのコストが退職代行サービスに支払うコストを凌駕するがゆえに、そんなサービスが人気を集める(参考文献:「静かに退職する若者たち」_金間大介)。
学生にとって、「会社で働くイメージは?」と聞かれると、会社員として我慢して時間を過ごし、その対価としてお給料をもらう…といったような回答。労働とは、ストレスと時間をお金に換えることだという間違った認識の人が一定数いる。今の若者は、外的な要因による自身の感情のアップダウンをとても嫌う傾向にある。そんな気質を持つ若者にとって、「辞めたいって言ったら、すごい引き止めにあうらしいよ」なんて噂が耳に入りでもすれば、たちまちストレスは最大値へ。自分から言い出すことなど、できなくなってしまうだろう。若者たちは静かに退職していきたいと思っているのだ。
会社側はそうはいかない。人事部にとっては、長い時間とコストをかけてやっと採用した貴重な人材。管理職やメンターにしてみれば、忙しい日常業務と並行して苦労して育成したかわいい部下である。そんな若者が挨拶もなしに辞めていくのは、会社にとっても関係者全員にとっても、心中穏やかではないだろう。静かに去る若者たちを静かに送ってやれるほど、大手を振るって送り出すことなどできないのが、人の心というもの。
Z世代の内発的動機は…
若者の心のうちは、どうなっているのだろう。「Z世代」と呼ばれる若者たちにとって、職場で重要なのは「安心感」や「所属感」。具体的には、歯車ではなくかけがえのないチームメンバーとして、フラットに関われることのようだ。たとえばスタートアップのようなヒエラルキーのない組織体をつくり、プロジェクトごとにチームが編成され、誰もが対等に貢献し、自分の意思が尊重されるといった環境。Z世代にとって、このようなチームは魅力的に映る。
そもそも人間は、「つながり」「有能感」「自立性」の3つの基本的な欲求をもっているとされている。誰かと人間関係を育むこと、「できる」という感覚をもつこと、そして「自分の意志で行動している」と思えること。この3つが満たされることで、人は心の充足感を得ることができる。つまり、若者が大切にしているのは、給与やベネフィットだけでなく、「つながり」や「できる」の感覚、そして「自分がやりたいことを自主的に実現できている」という「内発的動機」なのだ。
働くことに対する報酬、社会的地位の上昇、資格取得…、私たちの多くは外発的な「成果主義」のなかに生きている。問題は、この傾向が子どものころから始まっていること、そして近年、過剰に強まっているということだ。たとえば受験に打ち込めば、学ぶこと自体の面白さよりも、合否の結果や評価に意識が向いてしまう。しかし「~しなければならない」「~すればご褒美がある」のなかで育つと、自分の内側から湧き上がる興味や意欲が抑圧されてしまう。その蓄積は結果、「自分で決められない人」を生み出してしまう。
たとえば、中学受験に向けて、子どもが夢中になっている野球をやめさせてしまう…。そんな親御さんもいらっしゃるかもしれないが、野球には仲間との“つながり”もあるし、バッティングや守備が上達すれば“できた!”と思える。さらに自発的に取り組んでいたことなので、自分で選択しているという実感も得られる。3つの欲求すべてを失ってしまうと、子どもの心理を考えれば、明らかにNGな選択ではないだろうか。これらを“しなければならない”勉強のためにすべて手放させてしまうのは本末転倒だ。
もちろん、勉強に打ち込まなければならない時期はあるだろう。でも「外発的な動機」によって努力しなければならないときにこそ、並行して「内発的な動機」による、充足を得られる場を確保してあげるバランスは重要。外発的な動機付けには即効性があるため、大人側も多用してしまう。一時的には成果を上げやすいが、その代償として本来持っていた「知りたいから学ぶ」「できるようになりたいから練習する」といった、純粋な内発的動機を壊してしまうことを忘れてはならない。
抑圧された受験戦争下で、これまでできなかった自主的な選択。だからこそ自主性を取り戻すべく、内発的動機をくすぐられる会社での待遇に引き寄せられる。“このアクションは自らの意志である…”という「内発的な動機」は、今の若者を語るうえで大きなポイントなのだ。
「ゆるブラック」お断り?
労働者にとって働きやすい環境も整いつつある一方で、逆に物足りないと感じる若者もいるようだ。20代前半正社員の仕事選びの重視点は、休みの取りやすさ、人間関係、収入などが減少する一方で、社会貢献や、知識・スキルが得られるといった「自己成長」に関する項目が上昇傾向にある。今後のキャリア形成を考えて、自身を成長させてくれる会社を選びたいという意向が強まっていることがうかがえる。今の若者の多くは、それ(スキルや教養)が得られる機会は、会社側から提供されて然るべきであって、それがない会社は良くない会社と考えているのではないだろうか。
以前、「職場がホワイトすぎて辞めたい若手、成長できず失望」という記事を読んだ。仕事の“ゆるさ”に失望して離職する若手社会人が増えている、という一面もあるようだ。それって「もっと仕事がしたいのに何もやらせてくれないので辞めます」と言っているのだろうか。残業が少なく職場の人間関係も良好なのに、なぜか優秀な人材が次々とやめてしまう。そんな会社を若者たちは、「ゆるブラック企業」と呼ぶ。
若者の多くは、成長を実感したい、職業人として通用する能力を身につけたいという気持ちは、たしかに強い。かといって批判が飛び交うような職場や、がむしゃらに働かなければならないような業務を求めているわけでもない。じっくりと3年、5年…と時間をかけて身につけるような職人的下積みも、求めているわけではない。若者は、手っ取り早く仕事に役立つ教養を身につけたいと思っているのだろうか。入門書や専門書を何冊も読んだり、大学の講義に参加したりすることは、コスト負担が大きいし効率も悪い。それだったら、「〇分でわかる〇〇解説」といった動画はたくさんあるし、何なら詳しい人にさっと教えてもらえば十分、という考えが強くなっているのだろうか。
今の若者の多くは、なるべく手軽に成長を実感したい、周りに遅れないよう効率的に職業人として通用する能力を身につけたいという気持ちが強い。だからスキルや能力向上の機会を無視してこき使う職場を「ブラック」、逆に仕事量が少なく、身につく知識やスキルが少ないと感じる職場を「ゆるブラック」、などと評することになる。
(つづく)
<プロフィール>
松岡秀樹(まつおか・ひでき)
インテリアデザイナー/ディレクター
1978年、山口県生まれ。大学の建築学科を卒業後、店舗設計・商品開発・ブランディングを通して商業デザインを学ぶ。大手内装設計施工会社で全国の商業施設の店舗デザインを手がけ、現在は住空間デザインを中心に福岡市で活動中。メインテーマは「教育」「デザイン」「ビジネス」。21年12月には丹青社が主催する「次世代アイデアコンテスト2021」で最優秀賞を受賞した。

月刊まちづくりに記事を書きませんか?
福岡のまちに関すること、建設・不動産業界に関すること、再開発に関することなどをテーマにオリジナル記事を執筆いただける方を募集しております。
記事の内容は、インタビュー、エリア紹介、業界の課題、統計情報の分析などです。詳しくは掲載実績をご参照ください。
記事の企画から取材、写真撮影、執筆までできる方を募集しております。また、こちらから内容をオーダーすることもございます。報酬は別途ご相談。
現在、業界に身を置いている方や趣味で建築、土木、設計、再開発に興味がある方なども大歓迎です。
また、業界経験のある方や研究者の方であれば、例えば下記のような記事企画も募集しております。
・よりよい建物をつくるために不要な法令
・まちの景観を美しくするために必要な規制
・芸術と都市開発の歴史
・日本の土木工事の歴史(連載企画)
ご応募いただける場合は、こちらまで。不明点ございましたらお気軽にお問い合わせください。
(返信にお時間いただく可能性がございます)








