二場元ガバナーの権勢の栄枯盛衰物語(3)~ライオンズクラブの未来を考える

世界的な奉仕団体である『ライオンズクラブ』。その慈善運動は社会的に広く認知されている。ところがライオンズクラブの複数の会員から「福岡地区=337-A地区には問題がある」との情報が入ってきた。本来国際奉仕団体としての活動は名誉栄達ではなく、純粋な社会貢献にある。

ライオンズ国際協会337-A地区元ガバナー
二場安之氏

25期の会長就任に固執

ライオンズクラブで挨拶する二場安之氏
ライオンズクラブで挨拶する二場安之氏

    二場安之元ガバナーのライオンズクラブにおける取り組みについて、評価する声が数多くあることを紹介した。しかし、社会奉仕団体であるライオンズクラブといえども、企業や行政と同じ組織であり、そこにはさまざまな価値観、思惑も入ってくる。

 ライオンズクラブにおける二場氏を知る人々に話を聞いて回るなかで、賞賛できることではないとの声も聞こえてきた。

 そのなかで現在、福岡博多ライオンズクラブに所属する黒木善弘氏は、以前、二場氏と同じ福岡玄海ライオンズクラブに所属し、活動を共にした経験をもつ。

 黒木氏は「福岡玄海ライオンズクラブ発足からしばらくして入会し、いろいろ活動をさせていただき、24期のクラブ会長を務めましたが、二場氏を第3副会長に選任していました。24期の会長予定の方が退会されたため、彼に『前倒しだが会長を引き受けてもらえないか』と要請しましたが、25期目の会長にこだわったため、私が24期の会長を務めた経緯があります」と語った。

 各ライオンズクラブにも、それぞれ歴史があり、福岡県内では福岡ライオンズクラブが1955年に発足した。日本では13番目、九州では初である。その後、各地にライオンズの旗が翻るが、そのなかで福岡玄海ライオンズクラブは88(昭和63)年と比較的新しく発足した組織である。

 88年に発足した福岡玄海ライオンズクラブの25周年は2013年だが、このとき、黒木氏は指名委員会の委員長を務めており、会長予定者の退会という思いがけない事態を受けて、二場氏を24期会長に指名した。しかし、二場氏は25周年のお祝いを行う際の会長職にこだわったという。

 この点について当然、二場氏にも言い分はあるだろう。本来、25期の会長が内定しているのに、「前年度の会長予定者が、諸般の事情で退会したから、引き受けてくれでは約束が違うのではないか」との思いを抱いたとしても不思議ではないだろう。

例会よりゴルフや飲み会

 最終的に二場氏は、福岡玄海ライオンズクラブの25期会長に就任し、推薦を受けるかたちで2R(リジョン)会員会則地区委員に就任している。その時期に福岡玄海ライオンズクラブの重鎮が逝去され、そのころから急速にクラブ内の雰囲気が変わっていったという。

 ライオンズクラブは月2回の例会が行われている。ただ、福岡玄海ライオンズクラブにおいては、重鎮の逝去後、例会には参加しないのにゴルフや飲み会には参加する人が増えたという。これについて社会奉仕団体としての本来の趣旨から外れているという指摘がある。

 組織には主流派・反主流派が必ずできてくる。組織のリーダーの寵愛を受けて、さまざまな役回りをいただくと、それを妬む人々も出てくる。二場氏の下に集まったメンバーが交友を深めていくなかで、重鎮に近い立場にいた黒木氏との間で価値観において溝が深くなっていったことがうかがわれた。

 黒木氏は、25周年からしばらくして、副地区ガバナーへ手を挙げたところ、選任されないよう、さまざまな水面下での動きが行われたと語った。福岡玄海ライオンズクラブの変質による一連の動きについて次回述べたい。

(つづく)

【近藤将勝】

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