二場元ガバナーの権勢の栄枯盛衰物語(4)~ライオンズクラブの未来を考える

世界的な奉仕団体である『ライオンズクラブ』。その慈善運動は社会的に広く認知されている。ところがライオンズクラブの複数の会員から「福岡地区=337-A地区には問題がある」との情報が入ってきた。本来国際奉仕団体としての活動は名誉栄達ではなく、純粋な社会貢献にある。

ライオンズ国際協会337-A地区元ガバナー
二場安之氏

4年間のガバナー職の職責

 前回、福岡玄海ライオンズクラブの変質による一連の動きを取り上げることを予告した。同クラブを知る方々より、さまざまな観点から話をうかがったが、24期元会長の黒木善弘氏の告発はライオンズクラブを心から愛する思いからの声だと思われた。

「ガバナーに就任する人は、人格、品格、品性、ライオンズクラブでの貢献度などを総合的に考慮して候補者が出てきます。どの地区でも共通すると思いますが『この人がガバナーになるだろう』と周囲から見られている方です」

 本連載の(2)において上述の通り紹介したが、取材のなかでライオンズクラブの複数の役員経験者よりガバナーに推挙される人の要件についてガバナー候補者の資質・適性について語っていただいた。

 ガバナーはライオンズ国際協会会長の代理の役割を担う各地区トップリーダーである。第二副地区ガバナーから信任投票が行われ、信任を受けると第一副地区ガバナーとなり、その次に福岡でいえば「337-A地区」のガバナーに就任する。県内各地のライオンズクラブを統括する立場となる。1年で交代するが退任後も1年は前ガバナーとして活動する。いずれも1年ごとに選出される。ガバナーの肩書がつくのは4年間におよぶのである。

 繰り返しになるが、ガバナーに就任する人物は、人格、品格、品性、ライオンズクラブでの貢献度などを総合的に考慮される。自身の栄達のためにその立場を利用するなどは、もってのほかである。

 黒木氏は福岡玄海ライオンズクラブでの活動にとどまらず、上位リーダーシップ研修会を受講し、2012年に福岡市で開催された「第51回東洋東南アジア・ライオンズ・フォーラム」の総務委員会通訳部会長を務めるなど献身的にライオンズクラブの活動に貢献してきた。

失われつつあるライオニズム

ライオンズクラブで挨拶する二場安之氏
ライオンズクラブで挨拶する二場安之氏

    ライオンズクラブに限らず組織の若返りは必要なことで、会の運営上、敷居が低くなっている現実はある。問題は社会奉仕団体としての使命よりも、例会参加が軽んじられ、ゴルフや飲み会優先の集まりとなり、「ライオニズムの掲げる高邁な理念が失われているのではないか」と黒木氏は危機感を抱いたという。

 黒木氏が福岡玄海で、重鎮の後押しを受けて、さまざまな役職にも推挙されてきたことは述べてきた通りだが、そのことへの妬みや反発があった。黒木氏が副地区ガバナーに手を挙げた際、その妨害工作を行ったのが二場氏であったという。

 黒木氏は「(二場氏らが)推挙委員会をつくるよう提案し、自分の筋書きを基に、当時の会長に進行させた」と述べ、「決議時に私は『当事者だから』と離席させられたうえ、挙手の結果、過半数に満たなかったと結論付けられました」と当時を振り返った。

 クラブでは新年に際して例年、慶祝の会を行っていたが、その席上、ある重鎮が「黒木氏を推挙してほしい」と土下座して懇願したという。

 それに対し、「なんしようと」と、異論を述べたのが日頃例会に出席せず飲み会だけには参加する二場氏に近い面々であった。

 福岡玄海ライオンズクラブの重鎮の逝去に際しての葬儀についても、二場氏に近い人たちからの反対があった。黒木氏は当時の「337-A地区」のリジョンチェアパーソン(RC)のAと協力して、重鎮が経営していた会社とライオンズの合同による葬儀を行うことを提案したという。二場氏に近い人たちからは「なぜそこまでやる必要があるのか」と反対意見が出たが、最終的に合同葬として行われた。

 黒木氏はさまざまなことを語ったが、同氏はライオンズクラブの掲げる高邁な理念とは程遠い福岡玄海ライオンズクラブの在り方に失望し、退会を決意した。ライオンズクラブは規約上、別のクラブに移ることが可能で、移籍した場合の入会金は必要ではなく、入会者・入会金はプラマイゼロである。しかし黒木氏はあえて退会手続きを行った。二場氏らに対するせめてもの意趣返しの思いでもあっただろう。

(つづく)

【近藤将勝】

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