三重大学大学院
地域イノベーション学研究科
教授 西村訓弘 氏
過疎化が深刻な三重県南部地域では地域に残った豆腐屋、整備工場、理髪店、農家、漁師などの事業者が生産性を高め、事業拡大している。過疎化が進む栃木県那須塩原地域ではコロナ禍以降、IT技術者、スタートアップ企業経営者など高いスキルをもつ人々の移住が増加している。これらは、過疎地域では地場産業の選別と淘汰が進み、強い事業者が中核となる新しい姿に収斂していること、地方で働くことへの意識が変わったことを示唆している。地方社会をこの視座から眺めると、過疎地域の新しい姿が見えてくる。背後にある共通のキーワードは「人口減少への適応」である。
過疎化が導いた地方社会の新しい姿
地域イノベーション学研究科
教授 西村訓弘 氏
日本の中山間地や漁村など地方の末端地域では、国内の経済発展に地場産業が追随できず、衰退が進み、過疎化と高齢化が著しい。しかし一方で、地域に残った事業者や住民が新たな協力関係を築き、これまでの常識や慣例を超えて協働することで、経済原理を超えたかたちで再生へと向かう事例も見られる。三重県で観察された事例を以下に紹介する。
三重県南部の真鯛養殖業者は、従来、地域内で互いを競合とみなし、売価や餌の配合を秘匿しつつ独立経営を続けてきた。しかし、東日本大震災の津波被害を契機に復興への共通意識が形成され、慣習を超えた協働関係が生じた。出荷前の餌を共通化することで新たな養殖真鯛ブランドが構築され、共同出荷体制によって安定的な販路が確保された。この事例は、地域に住み続けたい人々の意思が慣行を打破し、地場産業を持続可能なかたちへと転じたことを示している。
南伊勢町では古くから神事の供物や家庭の保存食として、当地で漁獲されるソマカツオを塩蔵・発酵させた「塩切」が利用されてきた。大阪からUターンし家業の民宿を継いだ若手経営者は、観光客が塩切を高く評価することに気付き、塩切を薄切りに加工しパッケージ化したうえで、電子商取引プラットフォーム(楽天市場)を通じて販売を開始したところ、顕著な販売実績を上げた。この事例は、伝統食が現代流通によって新しい市場価値を得て、地域資源の再評価と経済的活用につながる可能性を示している。
松阪市では燃料費高騰による経営上の制約に直面するトマト栽培農家と、工場排熱処理に課題を抱える製油企業が、異業種間の協働関係を構築した。その結果、施設農業の収益性が向上し、労働市場における就業弱者層(子育て中の主婦や障がい者を含む)を中心に100名以上の雇用が創出された。この事例は、地域における資源循環型の異業種間での産業連携が、経済的持続可能性と社会的包摂の双方に寄与し得ることを示唆している。
過疎地域が示した資本主義への抵抗
資本主義とは、資本家が私的所有する生産手段を用い、自然界の資源と労働者の労働力を注ぎ込んで商品を生産し、市場で交換する仕組みである。一方で資本主義経済は市場だけでは成り立たない。労働者を再生産する「生活世界」と、原材料を供給する「自然界」の存在を背景としている。にもかかわらず、これらを市場から切り離し、供給への対価を支払わない『収奪』を前提としていることをアメリカの政治学者ナンシー・フレイザーは指摘している。この行き過ぎた収奪が現代世界での極端な格差と分断を生み出し、生活世界と自然界の崩壊を誘発している。
三重県の事例では、人々の活動の背景に「資本主義への無意識の抵抗」がある。そこで生み出された価値には、真鯛や塩切、トマトに組み込まれた「交換価値」が存在する。しかしそれだけではない。地域への愛着、存続への希望、平等を求める正義感、慣習を打破し新たな仕組みを創造する好奇心などの動機から共創された「感情的価値」が存在していた。この感情的価値の共創に共鳴した人々の行動が、経済原理を超えて新しい結果を生み出した。
過疎地域で先行して観察された社会課題は、やがて都市部でも顕在化する。未来社会では、人々による価値共創こそが課題解決の重要な駆動力となるかもしれない。生活世界での生きがいの追求や、自然環境の持続可能性への思いを動機とした感情的価値の共創活動は、生活世界と自然界を改善し得る。
また、社会課題の解決と収益拡大を連動させたいという思いが、生産現場での価値共創を生み出し、その行為で満たされた心の豊かさが経済世界にゆとりをもたらし、格差と分断を和らげるかもしれない。人々の心の豊かさを求める動機に基づく価値共創は、資本主義の欠陥を補い、経済世界・生活世界・自然界の共生を可能にする。この新しい社会を創出する価値共創は、慣習からの解放が先行した過疎地域ですでに芽吹いている。私はそう考えている。
コロナ禍の経験と人口減少の克服
コロナ禍では、すべての人々が日常生活に制約を受けた。しかし人々は柔軟に適応し、自宅で学び、働くことを経験した。オンライン授業やリモートワークの導入である。このとき活用されたのは「ビデオ会議システム」という技術と、「働き方改革実行計画」の理念である。いずれもコロナ以前から存在していたが、導入は進まなかった。
ところが緊急対策として強制的に導入され、日常生活の制約を凌駕する恩恵として、学びやすさ、働きやすさ、生活のしやすさを人々は否応なく体験した。では、社会が正常化した今、何をすべきか。ポストコロナは、社会全体を一気に変える絶好の契機である。
リクルートワークス研究所の古屋氏は、2040年の日本社会では働き手が1,100万人不足し、とくに生活維持サービスの人材が著しく不足することで「みなが無人島に住むような社会」になると警告している。
一方で古屋氏は、労働供給の制約こそが日本を豊かな社会へ変える突破口になる可能性を示唆する(労働供給制約社会は仕組みが変わらないことを前提とする)。しかし、もし5人分の仕事を3人でこなせれば問題は解決へと転じ、1人ひとりの取り分も増える。過去の慣習に縛られていた状況も、人口減少を契機に変えられると考えるべきである。
その具体例がファミリーレストランの配膳ロボットだ。重労働からパート社員を解放し、年配者でも少人数で働ける職場へと変えた。こうした事例は、あらゆる職場で、知恵と工夫によって仕組みと働き方を変革できることを暗示している。
私は内閣府が主導する国家プロジェクト「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」のプログラム・ディレクター(PD)として、第3期課題「ポストコロナ時代の学び方・働き方を実現するプラットフォームの構築(通称:ポスコロSIP)」を担当している。ポスコロSIPの目標は、資質や価値観、地域の状況にかかわらず、誰もが学び・働き続けることで生涯にわたり多様な幸せ(well-being)を実現できる、フラットな社会の構築である。
PDとして私は「ポストコロナとは何か」を自問し、「人口減少を契機に社会を変革する時期である」との認識に至った。そこでポスコロSIPでは、この人口減少への危機感をテコに、学び方と働き方を一気に変革し、理想の社会像への移行を目指している。
イノベーションと地方産業の再興
シュンペーターは、経済体系の内部から生じる変化が均衡点を非連続的に移動させると指摘した。その変化をもたらすのが『創造的破壊』と『新結合』である。企業は自らの強みを認識し、それを表出させることで既存の枠組みを壊し(創造的破壊)、新しい技術や方法と結び付けることで(新結合)、次元の異なる成長を生み出す。郵便馬車をいくらつないでも鉄道にはならない。貨車を馬車から切り離し、蒸気機関車に結び付け、線路の上を走らせることで鉄道が誕生し、社会に大きな変革をもたらした。これこそがシュンペーターの定義するイノベーションであり、それを生み出す人々がイノベーターである。
私は三重県南部の寒村で育ち、都会に可能性を求めて県を離れた。大手製鉄企業での勤務、米国大学での研究、米国企業での就労、バイオ系スタートアップの起業と経営を経て、40歳を前に故郷に戻った。07年、三重大学医学系研究科の教授に就任し、研究室を立ち上げた。そこで始めたのが『西村ゼミ』である。
毎週金曜の夜、地域企業の社長たちとエンドレスに議論を重ね、経営の真の姿を暴き出す。大学院で培った「議論を通した真理の探究」を経営者教育に応用しただけだが、社長たちは自らの強みと社会の現況を的確に理解し、新結合を通じて事業を好転させた。議論は彼らをイノベーターへと変容させ、イノベーションを引き起こした。
ゼミを経験した経営者のなかには、爆発的な成長を遂げた人々がいる。日本を代表するトマト農業を築いた経営者、AIで売上を急拡大させた飲食店経営者、クラフトビール・ブランドを生み出した老舗和菓子店経営者、彼らは互いを意識しながら、連鎖的に事業拡大を進めている。シュンペーターは、新結合(イノベーション)が群生して現れると述べた。なぜなら、1人のイノベーターの出現が次のイノベーターを呼び、さらに多数を生み出すからである。西村ゼミは、この経済現象を三重県で実際に引き起こした。
地方から日本の未来を拓く
私は大学院で地域企業の経営者へのリカレント教育に取り組み、経営者が学びを通じて覚醒し、自らの現場で改革を進め、地域全体が変容していく仕組みを築いてきた。疲弊したと思われてきた地方社会でも、時代の変化に適応した創造的破壊と新結合によって新たな価値を創造できる。その連鎖は爆発的な企業や事業の成長を生み出し、人々の稼ぐ力を着実に高めている。
三重県では南北格差が顕著だが、最も人口減少が深刻な南伊勢町では11年からの10年間で生産年齢人口1人あたりの市町民所得が32%増加した。対照的に、人口最多の四日市市は8%の増加にとどまる。北海道でも同様に、総所得の総額は札幌市など大都市が高いが、1人あたりでは過疎地域が優位に立っている。これらの事実は過疎地域では地場産業の選別と淘汰が進み、強い事業者が中核となる新しい姿に収斂しつつあることの証左でもある。
ここで相反する「気になること」に触れておきたい。過疎化に適応してきた事業者でさえ、今後は存続を脅かされる可能性がある。人口減少の継続は自治体機能を揺るがし、水道や道路、教育や医療、購買環境といった生活基盤を崩壊させる。基盤が失われれば、事業者も住民も地域に留まることが難しくなり、地域消滅が現実化する危険がある。
日本創成会議(座長:増田寛也氏)の24年再分析によれば、20年から50年までの30年間で20~39歳女性人口が半減以上と予測される「消滅可能性自治体」は、全国1,729自治体のうち744と、実に約4割に達するとしている。ただし、消滅とは行政機能の消滅を意味するにすぎない。
実際には地場産業の淘汰と選別が進み、強い事業者が中核となる新しい地域社会が形成されつつある。人口は減り、かつての姿からは衰退したように見えるが、そこには時代に適応した人々が確かに生きている。彼らが安定して生活し続けるためには、人口密度の低下を前提とした新たな社会基盤の構築が不可欠である。
北海道のコープさっぽろは全道を統括する物流網を整備し、行政区画を超えてスクールランチや宅配サービス「トドック」を提供している。こうした事例は、地方社会を持続させる新しい仕組みの原型を示している。地域社会のドラスティックな変化は、新たなビジネスチャンスでもある。地域企業は人・企業・伝統と新しい技術や発想を結合し、社会基盤を再構築することから始めるべきだ。その取り組みは全国、さらには国外へと展開し、次なる成長の可能性を切り拓くことにつながるだろう。
おわりに
停滞が見られる現代日本には、21世紀にふさわしい「新しい社会」と「新しい生き方」の創造が求められている。その移行は、既存の仕組みの限界が露わになり、抵抗が弱まった衰退地域から始まると私は確信している。地方の末端からイノベーションを駆動力に新しい日本を創造する。これをモチベーションに、私はこれからも活動を続けたい。
<PROFILE>
西村訓弘(にしむら・のりひろ)
筑波大学卒業後、(株)神戸製鋼所、米国企業などの研究員を経て、2000年(株)ジェネティックラボ創業に関わり、02年から同社代表取締役。06年に三重大学医学系研究科教授就任、16年から現職。20年10月からクロスアポイントメント制度にて宇都宮大学学術院教授・特命副学長。JST共創の場形成支援プログラムPO、第3期SIP「ポストコロナ時代の学び方・働き方を実現するプラットフォームの構築」PDを兼務。日本学術会議連携委員(経営学委員会)。著書「社長100人博士化計画(月兎舎)」。









