政治経済学者 植草一秀
やはりTACOだった。Trump Always Chickens Out.
トランプはいつもしり込みして退く。初めからやらなければいい。だが、最後まで撤回しないことがない点は美点ではある。高市首相は日中外交関係を崩壊させる失言をしたが、いまなお撤回していない。そのための余波が持続する。
米国とイランは交渉していた。2月26日までジュネーブで交渉していた。協議終了後、仲介役を務めたオマーンのバドル外相は「大きな進展が得られた」との認識を示した。イランのアラグチ外相は、1週間以内にも次回協議が開催される見通しであると示していた。その直後に米国がイランに軍事侵攻。大規模爆撃を行うとともにイラン最高指導者ハメネイ師と妻を殺害した。明白な国際法違反、国連憲章違反である。
トランプ大統領はイラン民衆が歓喜して蹶起。イランの体制が転換されるとしていた。しかし、目論見は完全に外れた。イランは徹底抗戦の姿勢を貫き、ホルムズ海峡を封鎖した。米国は高額な兵器を大量投入したが目的の戦果を挙げられない。戦乱が長期化すれば米国世論がトランプ大統領に対して米軍撤退の圧力をかけることは明白。行き詰まったのはトランプ大統領の側である。
米中貿易戦争=トランプ関税も同じ。中国に対して145%の追加関税適用を提示したところ、中国が返す刀で120%の追加関税を提示。さらにレアアース供給拒絶を示した。白旗を上げたのはトランプ大統領。だから、TACOと言われる。
米国がさらなる大規模攻撃を行うと宣言したタイムリミット寸前で停戦での合意が成立した。2週間の期限を切っての停戦が実現した。この2週間に協議が行われる。
米国とイランの主張の隔たりは大きい。協議がまとまるか予断を許さないとされる。しかし、停戦が実現した背景を考察すればカタストロフィに至る確率は高くないと考えられる。
停戦を求めたのはトランプ大統領の側である。このまま戦乱拡大に突き進むことがトランプ大統領にとって不利であることを自覚している。
米国内でイラン軍事侵攻を支持する声は少数である。多数の米国民が米国のイラン軍事侵攻を支持していない。戦争の影響でガソリン価格が急騰。この問題に米国民が強い関心を注いでいる。大義のない、国際ルール無視のイラン軍事侵攻。このことにより米国民がガソリン価格高騰の被害を受けている。戦乱拡大になれば米軍兵士の命が奪われる可能性も高まる。トランプ大統領は11月中間選挙での大敗を覚悟せざるを得なくなる。だから、トランプが撤退を望んでいる。
問題は米国の威信を著しく傷つけないかたちでの撤退が可能かどうか。トランプは「米国の勝利」をアピールするだろう。実態が米国の敗北でもトランプは強気の言葉を発せられればよしとするだろう。国際社会は今回のような大国の暴走を未然に防ぐ体制を再構築する必要に迫られている。
戦後体制の根幹は国際法と国連憲章による秩序維持。国連の限界が大きな問題だが、それでも一定のルールで世界の平和と繁栄を維持しなければならない。その体制の根幹にあるのが国際法と国連憲章。他方、力のバランスを保つ上で重大な意味を持つのがNPT=核拡散防止条約。
NPTは不平等条約である。P5=戦勝5か国の核兵器独占保有を認める。P5以外が核兵器を保持することを禁ずる。現実にはNPTを批准していないいくつかの国が核兵器を保有する。矛盾の多い条約体系だ。
本来は核廃絶を求めるべき。当然のことだ。しかし、軍事的に優位に立てる兵器を保持している国に、その優位性の根拠となる核兵器を放棄させることは容易でない。この現実を踏まえてNPT体制が構築されている。
NPT体制が機能するための最重要の要件がある。それは、核保有国が国際法違反を行わないこと。核保有国は軍事上、圧倒的な優位に立つ。この核保有国が侵略戦争を行えば勝利してしまう。これが認められるなら、すべての国が核武装に走ることになる。NPT体制は自壊する。NPT体制による世界の平和と繁栄の維持を目指すためには核保有国が国際法・国連憲章を遵守することが必須の条件になる。
トランプは国際法を無視した。実際に「国際法は関係ない」とまで明言した。そのために危機が発生している。トランプは米国の国際法違反・国連憲章違反を指揮した。これに対してG7諸国からも批判が沸騰した。
国際社会が足並みを揃えて米国の暴走を止めなければならない。世界の平和と繁栄を破壊する行為をトランプ大統領が指揮した。国際社会が米国を抑止する方向に動いていた。そのさなかに訪米した高市首相は「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルド」と述べた。
国際社会が足並みを揃えて米国の暴走を止めようとしているときに、その米国を絶賛する発言を示した。日本国内では高市援護報道が展開されているが、これでは日本の国際的地位、影響力は凋落するばかりである。
高市首相は米国の行為について、いまなお法的評価を行っていない。米国の行為は明白に国際法違反。わざわざ米国まで出かけたのなら、この評価をトランプ大統領に明示しなければ意味がない。それを明言できないなら訪米すべきでなかった。
本来は、米国に国際法違反を指摘し、その上で停戦のための米国とイランとの交渉の仲介役を務める意思を表示すべきだった。しかし、その能力がなければ、仲介役の提言など示せない。
問題は大国が国際法違反を認識して暴走すること。米国の行動が世界の平和と繁栄を破壊する源になっている。トランプ大統領には任期がまだ2年以上も残されている。トランプ大統領の暴走、イスラエルの暴走を抑止することが世界の最大テーマに浮上している。この基本観を共有することが今後の国際社会の必須事項になる。まずは、これからの2週間。停戦を終戦につなげるための最大の働きかけを国際社会が協調して行う必要がある。
<プロフィール>
植草一秀(うえくさ・かずひで)
1960年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒。大蔵事務官、京都大学助教授、米スタンフォード大学フーバー研究所客員フェロー、早稲田大学大学院教授などを経て、現在、スリーネーションズリサーチ(株)代表取締役、ガーベラの風(オールジャパン平和と共生)運営委員。事実無根の冤罪事案による人物破壊工作にひるむことなく言論活動を継続。経済金融情勢分析情報誌刊行の傍ら「誰もが笑顔で生きてゆける社会」を実現する『ガーベラ革命』を提唱。人気政治ブログ&メルマガ「植草一秀の『知られざる真実』」で多数の読者を獲得している。1998年日本経済新聞社アナリストランキング・エコノミスト部門第1位。2002年度第23回石橋湛山賞(『現代日本経済政策論』岩波書店)受賞。著書多数。
HP:https://uekusa-tri.co.jp
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