故菅原道之・未来図建設会長 お別れの会 まさしく武士道を貫いた日本魂の体現者

故菅原道之・未来図建設会長 お別れの会

 菅原道之氏が2月10日逝去された。享年101歳。4月16日、西鉄グランドホテルにてお別れの会がしめやかに執り行われた。 略歴を参照されたし。武士道を貫いた最後の偉人とのお別れ会に立ち会った思いであった。故人は日本武士道の哲学を具体的な実践で体現し続けてきた、まさに武士である。もうこんな方と邂逅することはないであろう。一言では語れないが、まさしく有言実行の方であった。

 略歴からうかがえること。1941年17歳にて予科士官学校入学、会津若松歩兵29連隊配属、予科卒業後、上等兵、歩兵155連隊旗手任命、45年21歳、陸軍中尉にて終戦復員、この4年間の軍隊経験で培った原点を貫いた、激烈な101歳の人生であった。略歴通り会社経営に専念してきたが、未来図建設は地場トップクラスとして隆々とした経営を持続している。

 一方、公的な活動においては福岡西ライオンズクラブ(その後、福岡大濠ライオンズクラブへ転籍)に入会してLC活動に邁進し、業界の人格者として尊敬されてきた。

 98年74歳、日本会議福岡設立準備委員長を経て日本会議福岡初代理事長に就任した。2000年以降は特攻勇士慰霊顕彰会会長などを歴任された。「武士道とは頑強な体力づくりなり」を生活のなかに導入してきたことには感服する。武士の基本動作を杖道にて研鑽し、90歳で杖道5段を習得した。また4年間の陸軍生活体験から90歳までは自炊生活を貫いたのは見事あっぱれであった。

 本当に故人の人柄にはすべてにわたって感服するばかりであった。

故菅原道之氏略歴
1924年 7月19日  朝鮮 新羅 慶州 生まれ
1937年 4月 13歳 大邱公立中学校入学
1941年 4月 17歳 飛び級にて予科士官学校入学
1943年    19歳 会津若松歩兵29連隊配属
          ・予科卒業後 上等兵
          ・歩兵155連隊旗手任命
1945年    21歳 陸軍中尉にて終戦復員
1947年    23歳 (株) 金子組 入社 福岡支店配属
1949年    25歳 金子菊江と結婚
1952年    28歳 金子組から 暖簾分け
          (株) 福岡金子組を 設立 取締役就任
1963年    39歳 代表取締役就任
1964年    40歳 現在地に本社移転
1969年    45歳 福岡西ライオンズクラブ入会
1981年7月〜82年6月 LC337-A地区キャビネット幹事
1982年    58歳 福岡大濠ライオンズクラブへ転籍
1993年    69歳 「(株)未来図建設」に社名変更 代表取締役会長就任
1993年7月〜94年6月 LC337-A地区年次大会委員長
1998年    74歳 日本会議福岡設立準備委員長
          日本会議福岡理事長就任
2004年    80歳 日本会議福岡名誉顧問
          杖道入門
2005年    81歳 陸軍墓地石碑修復改良委員会結成
2013年    89歳 福岡県特攻勇士慰霊顕彰会会長
2014年    90歳 杖道5段昇段
2016年    92歳 福岡県特攻勇士慰霊顕彰会名誉会長
2019年    95歳 LC第60回337-A地区年次大会
          「皆勤賞50年」

合掌

【児玉直

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