【異色の芸術家・中島氏(44)】室見川の屋台

劇団エーテル主宰 中島淳一

 29歳のときだった。所持金は、500円しかなかった。

 理由はいくらでも考えられる。時代のせいかもしれない。環境のせいかもしれない。

 だが、そんなことはどうでもよかった。

 貧しいのは、誰のせいでもない。ただ、自分自身のふがいなさだった。

 その重さを、どこにも持っていけず、私は室見川のほとりに立っていた。

 夜だった。

 川の水は、音もなく流れていた。風は弱く、湿っていた。

 少し歩いたところに、屋台が出ていた。

 暖簾が揺れていた。なかには数人の客がいた。

 私は迷わなかった。ほかに行く場所がなかった。

 なかに入り、カウンターに座った。

 「おでんを1つと、焼酎を」

 それだけだった。それ以上、頼めなかった。

 湯気が立ち上る。酒の匂いが混ざる。

 私は黙ってそれを口にした。

 売れない画家。

 その言葉が、頭のなかで何度も繰り返されていた。

 売れない。食えない。情けない。

 どれも事実だった。

 私は拳を握った。

 何かを変えたいと思ったわけではない。ただ、その場にある自分に耐えきれなかった。

 気がつくと、カウンターを叩いていた。

 乾いた音がした。

 その瞬間、手が滑った。

 親指の爪が、割れた。鋭い痛みの後、すぐに血が出た。予想よりも多く、流れた。

 私は、おしぼりで指を押さえた。血は、なかなか止まらなかった。

 そのときだった。

 隣に座っていた男性が、声をかけてきた。

「あなたは、何をする人ですか」

 妙な質問に聞こえた。私は少し間を置いて答えた。

「画家です」

 それが、唯一の答えだった。

 男は、うなずいた。そして、言った。

「そうですか。じゃあ、あなたの絵を買います」

 意味が、すぐには入ってこなかった。私は思わず言った。

「何を言っているんですか。私の絵を見たこともないのに。冷やかさないでください」

 声には、わずかに苛立ちが混じっていた。

 男は、変わらなかった。

「私は本気ですよ」

 そういうと、内ポケットから封筒を取り出した。

 黙って、私の前に置いた。

 私はそれを見た。

 封筒のなかには、札束が入っていた。

 20万円だった。言葉が出なかった。理解が追いつかなかった。

 なぜ、という問いだけが残った。だが、その問いに、答えはなかった。私は、受け取った。

 それが何を意味するのか、そのときの私は、わかっていなかった。

 ただ、現実が1つ変わった。それだけは、確かだった。

 その金で、私は日仏現代美術展に出品した。結果として、パリで美術評論家賞を受賞した。賞状を受け取ったとき、ジャン・ドミニク・レイの背の高さに驚いた。美術評論家というより、バレーボールの選手だった。

 すべては、あとからつながる。あの夜、屋台で起きたことも、その1つだったのだと思う。

 彼は、私より1歳年下だった。会社を立ち上げたばかりの、若い経営者だった。

 その後、彼は私に1つのことを教えてくれた。

 人生は、不思議なことに満ちている。面白いと思えば、面白いことが起きる。感謝すれば、すべてはうまくいく。

 そして、

 自分の口から出る言葉が、自分の運命をつくる。

 そのときは、半信半疑だった。だが、あの夜の出来事は、その言葉と無関係だとは思えなかった。

 なぜ、彼は私の絵を買ったのか。理由は、今でもわからない。

 ただ、1つだけ、思い当たることがある。

 私が、カウンターを叩いた瞬間。あの音が、何かを動かしたのかもしれない。

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