【クローズアップ】水素医療の可能性、臨床検証の段階へ 神経再生研究から企業の健康投資まで
水素ガスの吸入によって、加齢にともなう神経機能の低下を補える可能性が、最新の医学研究で示されている。臨床応用に向けた共同研究は大型病院へと広がり、製造現場では医療機器品質マネジメントシステムの国際規格認証を取得した国産機も登場した。さらに近年は、従業員の健康維持やウェルビーイング向上を目的に、水素吸入器を導入する企業も現れている。学術、医療、産業、経営の各領域から、「水素医療」の可能性を追った。
神経再生研究が示す水素の可能性
水素療法が医療分野で改めて注目を集めている。その背景にあるのが、順天堂大学医学部整形外科学講座の内藤聖人准教授らと、(株)SUISO JAPANによる共同研究である。研究チームは2025年、「水素が神経再生を促す新たな仕組み」を解明し、国際学術誌『Molecular Medicine Reports』に発表した。
内藤聖人准教授
研究では、加齢にともなって体内で増える「REST」というタンパク質が、損傷した神経の回復を妨げる働きをもつことに着目した。水素を取り込むことでRESTの働きが抑制され、神経修復に関わる「GAP43」が活性化するというメカニズムである。
内藤准教授は「水素がRESTをうまくコントロールし、神経の回復を後押ししてくれる新しい仕組みがみえてきた」と語る。末梢神経障害による手足のしびれ、さらにはアルツハイマー病やパーキンソン病など、神経機能に関わる疾患への応用にも期待を寄せている。
水素を健康分野に活用しようとする動きは、過去にも何度かブームとして浮上してきた。一方で、水素水ブームの際には、科学的根拠の乏しさが指摘され、消費者庁から景品表示法に基づく注意喚起が行われた事例もある。そのため、水素関連製品には、今なお慎重な見方も少なくない。
水素ガス吸入療法は16年、院外心停止後症候群を対象に慶應義塾大学病院からの申請で厚生労働省の「先進医療B」に承認された経緯があり(22年に試験完了で取下げ、現在は次相試験準備中)、海外でも心停止後患者を対象とした多施設共同臨床研究で、予後改善の可能性を示す報告がなされている。
機器性能が支える水素吸入の実装
Suiliveの公式アンバサダー
「滝川クリステル」氏
医学的エビデンスの蓄積と並行して重要になるのが、水素を安定的に体内へ届けるための機器性能である。その一翼を担うのが、SUISO JAPANが自社開発する水素吸入器「Suilive(スイリーブ)」だ。
同社代表の稲石陽氏は、「高濃度の水素ガスを安定して出すこと、そして水素ガス粒子を溶存させる技術が、他社との決定的な違いだ」と話す。
過去の水素水ブームで流通した製品の多くは、いわゆる電解アルカリイオン水に近い水準にとどまり、水素分子を高濃度で安定的に体内へ届ける手段には限界があった。これに対し同社は、心臓部に当たる電解槽に白金チタン合金を用いた高耐久・高耐熱モデルを採用。独自の「マイクロナノ気体溶解技術(MGDT)」により、超高濃度水素を極小気泡として安定的に溶存させる仕組みを構築した。
稲石社長は「今までと違って、水素吸入器も水素水も、次元の違うものにたどり着いた」と強調する。水素療法の有効性を検証するためには、まず体内に水素を確実に届ける技術が不可欠である。同社の開発思想は、エビデンス構築の前提条件を、機器性能と製造品質の側面から支えようとするものだ。
同社は水素吸入器メーカーとして、医療機器品質マネジメントシステムの国際規格「ISO13485」認証を取得している。稲石社長は「ISO取得は条件が厳しく、水素吸入器が医療機器として登録されている国々との取引実績も前提になった」と振り返る。
すでに20カ国以上への輸出実績を有し、ポーランド、UAE、韓国などへのOEM供給も進む。製造現場では、1台ごとに配線、配管、検査基準を確認し、基準をクリアした製品のみを出荷する「匠式製造方式」を採用している。海外で先行する水素医療機器市場のなかで、日本発の品質基盤が静かに存在感を高めている。
大型病院で始まる臨床検証
稲石社長が掲げる理念は「水素医学の確立」である。その実現に向け、同社は専門分野の異なる8名の専属監修医ネットワークを構築している。各監修医が医療機関でSuiliveを活用し、安全性と有効性を多角的に検証する体制だ。「医師側から水素療法に関する相談が寄せられることも増えている」と稲石社長は明かす。
現在、京都済生会病院や京都第二赤十字病院をはじめとする大型医療機関では、医療機関専用モデル「Suilive SS-700M」を用いた共同研究が進められている。対象は脳卒中や頭部外傷の患者で、研究代表者は京都済生会病院脳神経外科の吉浦徹医師。急性期患者に対し、標準治療との併用による症状改善、予後改善効果、安全性などを検証している。
脳卒中や頭部外傷は、虚血・再灌流障害や活性酸素の過剰生成によって、重篤な後遺症を招きやすい。既存治療を補完する新たな治療補助手段の確立は、医療現場にとって重要な課題である。
ここで強調すべきは、水素療法は標準治療を「置き換える」ものではなく、「補完する」位置づけにあるという点だ。同社は中長期的な目標として、水素療法の標準化とガイドライン整備を掲げている。学術研究と臨床現場の両輪でエビデンス構築が進むことで、水素療法は身体疾患の治療補助にとどまらず、心身ともに良好な状態、すなわちウェルビーイングを支える選択肢としても注目されつつある。
健康投資として広がる企業導入
学術と医療の現場で検証が進むなか、水素吸入器を従業員のウェルビーイング向上に活用する民間企業も出始めている。福岡を中心に店舗清掃、ビル清掃事業を展開する(株)夢屋(福岡市西区)もその1社である。
同社は数百名のスタッフを抱える清掃メンテナンス会社で、社内にSuiliveを設置し、業務の空き時間やデスクワークをしながら、スタッフが順番に利用できる環境を整えている。導入の狙いは、疾病治療というよりも、従業員が自ら健康に意識を向けるきっかけづくりにある。
高濃度水素ガスを吸入する様子
同社の幹部社員(64歳)は、会社に設置された機器を利用するなかで体調面の変化を実感し、自宅でも継続して吸入できるよう、約3カ月前に個人で購入した。当初は3時間吸入モデル「SS-180」を使用していたが、睡眠中に無意識に外してしまうことがあったため、より短時間で吸入できる上位モデル「SS-600」に買い替えたという。
利用後の変化について、幹部社員は次のように話す。
「飲酒翌日のだるさが残らなくなった。お腹を下すことも減った。64歳でサッカーを続けているが、以前より体が動くようになった。周りからも『前より走っている』と言われる」。
あくまで本人の実感ではあるが、健康管理への意識変化は大きい。経営的視点からも、同社員はこう語る。
「現場スタッフを含めて何百人もいる会社では、欠員が出れば誰かがサポートしなければならない。会社が従業員の健康維持に目を向けているという姿勢を示せることは、組織にとって大きい」。
人手不足が続く清掃業界において、欠員や体調不良は現場運営に直結する。従業員の健康維持は、福利厚生にとどまらず、事業継続の観点からも重要性を増している。
社員の体感が促す健康意識の変化
一方、入社間もない営業職社員(26歳)は、導入から2カ月で変化を実感した1人だ。きっかけは、社内で実施された毛細血管の観察だった。
「社内で一番若いのに、僕の毛細血管が一番悪かった。『ゴースト化』と呼ばれる、ほとんど見えない状態だった。半信半疑で吸い始めたが、初日からトイレが近くなり、老廃物が出るような感覚があった。苦手だった階段の上り下りも楽になった」。
最も変化を感じたのは睡眠だという。
「もともと不眠で悩んでいた。それが水素を吸い始めてからは、目覚めがよく、深く眠れるようになった。社内で一番声が挙がるのも、『眠りと目覚めが違う』という意見だ。片頭痛もなくなった」。
営業として外回りの合間に1時間ほど吸入を続けるうち、高めだった血圧の数値も安定してきたという。現在、同社内では営業6名のうち4名が定期的に利用し、人事・業務部門を含めて複数の社員が個人でも機器を購入している。業務部長は2台購入し、1台を母親に贈ったという。
もちろん、こうした声は個人の体感であり、医学的効果を直接証明するものではない。ただし、社員が健康状態に目を向け、睡眠や疲労回復、日常の体調変化を意識する契機になっている点は、企業の健康投資として注目できる。
ウェルビーイング経営の一手
経済産業省が推進する「健康経営優良法人認定制度」は、17年の開始以来、認定数を年々拡大してきた。近年は、単なる疾病予防にとどまらず、身体的、精神的、社会的に良好な状態を意味する「ウェルビーイング」を経営指標に取り込む動きが広がっている。
体調不良を抱えながら出社し、生産性が低下する状態は「プレゼンティーイズム」と呼ばれる。人手不足が深刻化する中小企業にとって、従業員の体調不良は個人の問題にとどまらない。現場の穴埋め、業務効率の低下、離職リスクなど、組織全体の生産性に影響する経営課題である。
夢屋の事例は、特別な研修や複雑な制度設計をともなわず、社員が自然に健康習慣を取り入れる仕掛けとして機器導入を位置づけている点に特徴がある。睡眠の質、疲労感、日常の体調変化といった社員自身の実感は、身体と精神の両面にわたるウェルビーイング向上への手応えでもある。
水素吸入が「過去のブーム」から「合理的な健康投資」へと位置づけを変えていくためには、導入企業の自主的な工夫と、メーカー側による継続的なエビデンス構築の両立が欠かせない。科学的検証をともなわない効能訴求ではなく、医学研究、品質管理、臨床応用、企業導入の各段階を丁寧に積み上げることが重要である。
学術研究のブレイクスルー、国際品質認証、医療機関での臨床検証、そして企業のウェルビーイング経営への実装。今回の水素医療の可能性をめぐる動きは、過去の一過性のブームとは異なる広がりを見せている。
医学的エビデンスと、体内へ安定的に届けるための技術基盤。この2つの裏付けを得て、水素療法は単一企業のマーケティング戦略では説明しきれない段階に入りつつある。エビデンスの蓄積と社会実装が両輪となって動き始めた今、経営者、医療従事者、研究者のそれぞれが、水素がもたらすウェルビーイングの可能性を冷静に見極める局面にある。
【児玉崇】
<COMPANY INFORMATION>
(株)SUISO JAPAN
代 表:稲石陽
所在地:大阪府高槻市天神町1-6-24
設 立:2020年4月
資本金:1,000万円








