2024年04月26日( 金 )

「豊中方式」は別格ですか?(前)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

大さんのシニアリポート第42回

 素晴らしいフォーラムだった。「誰もが住み慣れた地域で安心して暮らせるために」というタイトル。正直いつもの正論(実行において伴わないことも多い「新明解国語辞典」)を押し進めるアリバイ作り的なフォーラムという意識がわたしの頭から消えないまま参加した。大きく裏切られた。よくぞ彼女を呼んでくれたものだと本市の行政と社協に深く感謝したい。これは皮肉である。このフォーラムを真剣に聞いていただきたいのは市民ではなく、当日参加した本市の行政関係者であり、市議会議員であり、市長であり、主催の社協の職員たちだ。

oh1 彼女というのは、大阪府豊中市社会福祉協議会事務局次長兼地域福祉課長の勝部麗子さん。基調講演を聞いているうちに分かったのだが、NHK放映のドラマ『サイレント・プア』(主演:深田恭子)の主人公のモデルであり、脳梗塞で倒れた当時53歳の男性を賢明にサポートして就労にまでこぎつけたドキュメンタリー(タイトル不詳)の社協職員、その人であった。わたしは両作品を見て感動したひとりである。徹底してここまでサポートする社協の職員を知らない。まさか本物にお目にかかるとは予想もしなかったので、感激もひとしおだった。今では「豊中方式」として全国的に名をはせたシステムである。たったひとりの職員だけで、何故ここまでサポートできるのかだ。その一部を紹介したい。

 彼女が目をつけた(というより気づかされた)のは、介護保険を利用できない65歳未満の人。既存のセーフティネットでは救済できない「狭間の困窮者」を掘り起こし、その生活をサポートしはじめたことだ。前出の53歳男性の場合、まず就労意欲を確認し、就労までのシミュレーションを作り、それに沿って生活全面を支援した。生活の基本となる生活保護を申請。許可が下りるものの、先行き不安から飲酒に走り、生活は荒れる。そんな彼を勝部さんは見捨てずに、根気よく付き添い、ついに就労(パソコン入力業務)に成功させる。

 ゴミ屋敷問題では苦情者から事情を聴取。直接ゴミ屋敷の住人に会い(断られても、断られても)、根気よく説得を続け、ゴミ撤去の承諾を得る。ボランティアがゴミを片付け、市清掃局に依頼しゴミを処分(1袋170円、100袋で1万7,000円は民生委員助け合い資金から)。その後も、家主と連絡を取り合ううちに、住民と意識の交流が生まれ、行事に参加するまでに溶け込んでいった。これが一般の行政なら、ゴミ撤去勧告通知を十数回だし、アリバイを作り、最後は強制代執行というシナリオだろう。勝部さんはこれを嫌った。「ゴミ屋敷の住人のような”困った人”には、必ず理由があるはず。これに真摯に耳を傾け、困った原因を探り出し、解決まで付き合う。解決には、”困らされた(文句をつけた)”住民までを巻き込んで解決する」。

 SOSを発信する人を探し出すのは困難を極めるという。どんなに困っていてもSOSを発信しない人がいる。しないから行政も社協も「存在しない」と思い込む。とんでもない。老老介護、離職介護の末の心中未遂事件。介護者の急死による介護放置死など。こうした悲惨な事件が後を絶たないのは、SOSを出す方法を知らないからだ。また、それまで培ってきた生き方に対するプライドが、それをゆるさない。SOSを出しにくい社会状況下で、「SOSを出さない(出せない)人を探し出すのは、結局地域住民なのです。行政や社協では難しい。”困っている人を見つける”ではなく、”見つけさせてください”という姿勢が重要」と説く。勝部さんのようなCSW(コミュニティソーシャルワーカー)は、個人的支援のみではなく、「公と民」とをつなぐ仕事でもあり、周囲の人たちに事実を伝え、気づかせていく仕事でもある。子どもの虐待、DV、孤独死などの発見は、住民目線での見守りしかないことを地域住民自身が気づくしかないのだ。

 内容の濃い、多くの示唆に富んだ講演だった。これを「勝部さんだから可能なのであって、全国の社協職員全員ができるわけではない」という社協の声が聞こえてきそうだ。確かにそうだろう。誰でもできる仕事ではない。しかし、タイトルが示しているように、「誰もが住み慣れた地域で安心して暮らせるために」は、勝部さんの示す「個人を見守り、それを周囲に気づかせ、住民の支援を仰ぐ」方法の確立しかない。それには行政も社協も、覚悟を持って対応する姿勢が不可欠だ。これは前回報告した「地域包括ケアシステム」の完全稼働と合致する。

(つづく)

<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務ののち、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ二人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(近著・講談社)など。

 
(41・後)
(42・後)

関連記事