2024年04月20日( 土 )

「認知症?」、それとも高齢による「呆け?」(前)

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大さんのシニアリポート第48回

 「サロン幸福亭ぐるり」(以下「ぐるり」)の常連、中井要蔵(仮名・93歳)・吉乃(仮名・86歳)夫婦が認知症になり、「ぐるり」のスタッフが困惑する様子を報告した。その後日談を報告させていただきたい。第47回で、「安易に認知症にしてしまうのは問題」と提起しておきながら、前回では、中井夫妻を「安易に認知症」にしてしまっていたからだ。夫93歳、妻86歳。高齢による「呆け」と判断しても何ら問題ないのでは?
 「認知症」と「呆け」とはどう違うのだろう。

 「生活費がない」という訴える日が続いた。私は社会福祉協議会の社会福祉士で介護支援専門員と相談し、急場をしのぐために「中井基金」を設けた。当座の資金(1日1,000円)を貸し付けるためである。ノートを作り、名前と日にちを書いてもらう。借りた事実を失念させないためである。中井夫妻の「生活保護申請」が条件である。貸した金は、その中から返してもらう。その日、3,000円(3日分)を中井夫妻に貸した。準備金は私が用意した。中井夫妻には、受給の条件として「健康診断が必要」と嘘をついた。そのとき医者に「認知症の程度」を判断してもらう。

kosumosu 数日後、「通帳に年金が入っていない」といいながら吉乃さんがやって来た。通帳を見ると、確かに8月分の入金が記帳されていない。記帳を勧めるものの、彼女は記帳の仕方を知らない。やったことがないという。どうやら金の管理を要蔵さんがしているらしい。吉乃さんは、通帳とカードを持たされているだけだ。近くのATMに行き、記帳。すると、8月分の入金があり、その日に引き出されていた。残高44円。引き出したのは要蔵さんだ。カードで引き出したとき記帳しなかったのだから、入金の記載がないのは当然だ。

 3日後、また「金がないの」という。聞くと、要蔵さんの預金通帳をなくしたという。「要蔵さんの通帳?」。彼は無年金者で、無職である。何で通帳が必要なの?とりあえず基金から再び3,000円貸した。現場を見るしかないと考え、社協の生活困窮担当者と直接中井家に上がることにした。目的は要蔵さんの通帳の確認と、吉乃さんの消えた年金(現金)。そして、中井家の生活状態の確認である。

 家の中はきれいに片づけられており、居間も寝室も、風呂場も台所もきれいに使われている。冷蔵庫も整頓され、昨晩、作られたと推測される煮物が、少量パックされているのが見えた。「ぐるり」常連で、認知症を公表していた香川涼子さん(昨年暮れ施設に入所)の冷蔵庫のように、びっしりと総菜や食べ残しが詰め込まれていたのとは真逆だ。日常生活は確保されている。

gurui さいわい要蔵さんの通帳は、愛用しているバッグの使用済み通帳の中から出てきた。通帳には「新規」とある。直前の通帳に、「解約」の文字。本人に理由を聞いても判然としない。そのとき、社協の担当者が私を手招いた。部屋の隅で、使用済みの預金通帳を見せる。「生活保護費」の記載。何と、中井家は生活保護受給者だったのだ。先日、「ぐるり」に見えた中井夫妻に、「生活保護受給」の話を切り出したとき、夫妻の口から「受給済み」という話は出なかった。「生活保護受給」について、「これは国民の権利」と諭しても、「この歳では、国に返済できない。返済できない金を受け取るのは忍びない」の一点張り。その後も押し問答がつづいたのだ。なのに、すでに受給していたのだ。

 社協担当者と相談し、とりあえず銀行のATMで記帳することにした。もしかしたら現金が残されていることも考えられる。さいわい同銀行のATMが市庁舎内にあった。「ぐるり」スタッフの車で市庁舎へ急行。ATMで記帳。3万8,000円の残高を確認。すると要蔵さんがためらいもなくカードを入れ、暗証番号を打ち込んだ。思わず私と社協担当者が顔を見合わせた。「できるじゃないの…」。その後、生活保護課に行き、担当者に事情を説明して受給の状況を聞く。かなり以前から受給していたことを確認した。中井夫妻には、毎月5日に入金される金額が、「生活保護費」であることを失念していただけなのだ。生活保護課の担当職員に説明し、「健康診断の必要性」を要蔵さんに伝えてもらう。顔見知りで、「現金を振り込んでくれるありがたい人」の話には実に素直に耳を傾ける。

(つづく)

<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務ののち、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ二人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(近著・講談社)など。

 
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(48・後)

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