2022年06月27日( 月 )
by データ・マックス

実の子どもに殺される高齢者(前)

大さんのシニアリポート第51回

roujin 「子ども虐待」「育児放棄」「DV」――、報道などで目にするこうした”事件”が、実際近所で起きていることを目の当たりにして、正直、仰天した。愛人(男性)が、女性の子ども(小学生低学年)を逆さ吊りにして、たばこの火を身体に押しつけケガを負わせた事件。離婚した若い女性が、愛人に金を貢いで子どもたちの育児を放棄した「ネグレクト」事件。夫の振るう暴力に、始終、目の周りを内出血させている女性。今回報告するのは、実の娘が高齢で病弱な母親に暴力を振るい、ケガを負わせたうえに、家から追い出すことを繰り返した事件である。

 予兆はあった。3年ほど前、強引に転がり込んできた娘(長女・独身・50歳過ぎ)の生活態度に困惑した戸崎佳枝(仮名・当時78歳)さんから相談を受けたことがあった。娘はコンサルタント業を営み、一流企業との取引がある辣腕社長という触れ込み(戸崎さんの説明)で、都心に出かけては真夜中に帰宅する生活を続けたという。同居の理由は、「独り住まいの母親が心配だから」。やがて娘の戸崎さんに対する「心配」の度合いがエスカレートしていく。外出時間を制限し、食事の内容、友だち関係にまで口を挟むようになる。当然、遺族年金などの生活資金も管理され、身動きができないと涙を流した。

 それ以降も、「愛犬の散歩の時間の厳守」「施設入居の強制」「掛かり付け医への冒涜(ぼうとく)」など締め付けの厳しさを増していく。とくに長女が連れてきた愛犬の散歩に関しては、「あなたは、この犬の散歩のためにだけ必要とされているのよ」と悪態をついた。そして、その事件は起きた。2カ月ほど前、戸崎さんの左顔面と右腕に内出血した痕を確認した。「娘と口論になり、身体を押された」という。弾みで食器戸棚の角に顔と腕を打ちつけたのだろう。翌日、わたしは社協の地域相談員と自宅に出かけた。長女のいない時間帯を見計らって部屋に入る。

 「暴力行為は家族間でも事件として立証可能。警察に届けるべき」「心を決めて、事件にした方がいい。これを契機に娘さんと別れることができる」という相談員の説得に、戸崎さんはただただ涙を流すだけ。こうした問題は地域包括支援センター(以降「包括」)に持ち込むのが筋なので、戸崎さん了解のもと、包括に連絡した。後日、包括の看護師から相談員に連絡があった。「事件にするのは娘がふびんだから、今回はなかったことにしたいという戸崎さんの意見を飲んだ」という。この判断がさらに事件をエスカレートさせた。

end 先月(12月)末のことである。仕事を終え、帰宅した夜10時頃、突然戸崎さんの訪問を受けた。「娘に殺されるので一晩泊めてほしい」という。全身が震えているのは、あながち寒さだけではないようだ。しかし泊めるわけにはいかないので包括に連絡。「次女の家までタクシーを使うように。タクシーに乗せてほしい。タクシー代は次女に支払ってもらってください」という。冗談じゃない。携帯電話を取りあげられているので、次女の電話番号は分からない。戸崎さん本人に代わったものの、話が進まない。受話器を置く。懇意にしている人が団地内にいるというので、泊めてもらえるように連絡。明後日、社協の相談員と包括の打ち合わせまでかくまってもらうことを約束した。とりあえず急場をしのぐことはできた。あとで知ったことなのだが、24時間体制の包括は、問題解決のために現場に来ることが義務づけられている委託契約内容だという。夜中だから、出かけたくなかっただけなのではないのか。わたしに包括の仕事の肩代わりをさせようとしたのだ。冗談じゃない。

 ところが、翌日、昼には戸崎さんが帰宅してしまったと連絡が入る。打ち合わせの日、予想通り戸崎さんは長女をかばった。「自分にも非がある。娘の経歴に傷をつけるわけにはいかない」と警察への通報を断った。今度もまた解決を先延ばしにした。不安は正月に現実となった。2日、また長女に家を追い出される。行き場を失った戸崎さんは、包括に連絡。緊急避難場所として施設に逃げ込んだものの、その日のうちに帰宅してしまう。

 戸崎佳枝さんと長女とは「共依存」と推測される。共依存とは、「特定の人間関係に依存する状態。自己の存在意義を認めてもらおうとして過剰な献身をくり返すなどの行為がみられる。DV(ドメスティックバイオレンス)を受けた女性が、『自分が至らないために起こった』と考えて暴力に耐え、人間関係を解消できないなどの例がある」(「デジタル大辞典」)。DVを「夫婦間、内縁関係」に限定するなら、「family violence(FV)」といい換えてもいい。前述の顔や腕の内出血は見事にFVだ。戸崎さんは長女から逃れることができないのだ。自分を犠牲にしても長女を守るという「過剰な献身」をこれからもくり返すだろう。

(つづく)

<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務ののち、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ二人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(近著・講談社)など。

 

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