2024年04月29日( 月 )

大反復する歴史、その「尺度」を探る!(4)

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東京大学大学院 情報学環 吉見 俊哉 教授

25年という世代間隔は過去数百年変化がない

 ――歴史の風景の転換の最小単位が25年であることを裏づけるものとして、「コンドラチェフの波」を教えていただきました。そのほかに、25年説を裏づけるものはありますか?

東京大学大学院 情報学環 吉見 俊哉 教授

 吉見 もう1つ有力な理論的根拠として、「世代間隔」という人口学的要因があります。ここでは25年という年数が、ほぼ親子の世代間隔に相当します。
 世代間隔とは、直接的には女性が子を出産する際の年齢の平均値です。この年齢の平均値が親世代と子世代の平均的な時間距離になります。世代間隔の長い大型動物では、親世代と子世代の間に「継承性」と「断絶」というダイナミズムが生まれます。集団を率いていたボス猿が年老いて、あるとき、若い猿の挑戦に敗れて集団全体が世代交代する風景を思い浮かべていただければ、ご理解いただけると思います。
 人間は、動物のなかでは世代間隔が最も長い種の1つです。もちろん個人差はありますが、両親との年齢差は25~30年の幅に収まっていることが多く、この世代間隔は過去数百年を通じてほとんど変化していません。
 たしかに、人間の寿命は近代以降著しく伸び、100年前に40代だった平均寿命が現在は80代と2倍になりました。しかし、世代間隔についてはほとんど変化がないのです。

 1930年代と70年代とで女性の出産年齢を比べると、その出産期間の幅が著しく狭くなっています。30年代には、女性は若い10代から産み始め、40代まで産み続けて、一家に7~8人の子どもがいるのは珍しくありませんでした。しかし70年代以降、子どもの数は減り、今日では一家に3人いれば多い方です。
 このことは、日本社会は、ここ数十年で「多産多死社会」から「少産少死社会」へ不可逆的に転換したことを示しています。世界全体を見渡しても、経済成長を遂げた社会では、出産数が顕著に減っていく現象が見られます。しかし、平均出産年齢や出産年齢の最頻値は、それほど大きく変化はしていないという事実がとても重要です。それぞれの家族のレベルの歴史を見れば、親たちの世代から子たちの世代へ、およそ25年間隔で反復的に移行してきたのです。

「大きな死」と「大きな生」に遭遇する世代

 18世紀末のトマス・ロバート・マルサスは『人口論』で、生産は等差級数的に増加するのに対し、人口は等比級数的に増加し、従って社会は必ず困窮化すること、その困窮化の結果として人口調整が行われ、この増加と調整の時差が一定の歴史のリズムを生んでいくことを示しました。このマルサスの議論を発展させ、1838年に数学者P=F・フェルフルストによって定式化されたものに「ロジスティック曲線」があります。

 「ロジスティック曲線」は、S字カーブを描き2つの屈曲を持っています。1つは、それまで穏やかだった上昇線が急激な上昇線に変化していく「離陸」の屈曲です。もう1つは、急上昇の曲線が飽和点に近づき、再びごく緩やかな、ほとんど定常的とも言える線になっていく「着陸」の屈曲です。人口学的には、前者は多産多死社会から多産少死社会への、後者は多産少死社会から少産少死社会への人口転換であるとされています。

 この人口転換と25~30年単位の世代間隔には、重要な関係があります。戦後のベビーブームのように、歴史的に特殊な環境条件の変化によって爆発的に人口が厚くなる世代があります。より一般的には、社会は多産多死から多産少死への転換点で、劇的な人口増加と経済成長が生じます。これは、人口ボーナス世代とされていますが、日本の団塊の世代と同様、この世代には成長期を生きる世代に共通の特徴が見られるのです。

 あるいは人口の大きさは同じでも、大きな歴史的事件と遭遇するなかで、特別の意味を持っていく世代というのがあります。人口はたしかに連続的に変化していくので、親子の世代間隔が25~30年になるのはどの年代に生まれた世代についても同じなのですが、大きな社会的事件、あるいは戦争や内乱のような「大きな死」とその後の「大きな生」とどのように遭遇するかは、連続的ではありません。要するに、非連続なのです。

 まさにここにおいて、歴史のリズムと世代のリズムが共振するのです。そして、そのような非連続の歴史的変化と遭遇する世代に生まれた一群の世代は、ある一定期間、社会の動向を左右し、その後も一定期間、影響力を保持し続けることになります。

 その代表例は「幕末維新の動乱」を生きた志士たちです。坂本龍馬(1836年生)、榎本武揚(1836年生)、三条実美(1837年生)、大隈重信(1838年生)、山縣有朋(1838年生)、高杉晋作(1839年生)、伊藤博文(1841年生)などと、驚くほど、生まれた年が近く、同世代に集中しています。
 その後の「開花民権世代」の中心人物、森鴎外(1862年生)、岡倉天心(1863年生)、夏目漱石(1867年)など、さらに「ポスト日露時代」の中心人物、芥川龍之介(1892年生)、吉川英治(1892年生)、江戸川乱歩(1894年生)などにおいても、同じ傾向が見られます。

 世代間隔と社会の変動という観点から申し上げれば、戦後のベビーブーム世代は、日本社会にとって大きな「人口ボーナス」となりました。一般に、人口ボーナスの時代に生まれた世代は、経済成長の中核を担うとされています。しかし、かつて経済成長に貢献した人口ボーナス世代が、今は逆に経済の重荷「人口オーナス」の原因になっています。こうした人口オーナス状況は、私たちの社会のいかなる未来を予言するのでしょうか?

(つづく)
【金木 亮憲】

<プロフィール>
吉見 俊哉(よしみ・しゅんや)
 1957年、東京都生まれ。東京大学大学院情報学環教授。同大学副学長、大学総合研究センター長等を歴任。社会学、都市論、メディア論、文化研究を主な専門としつつ、日本におけるカルチュラル・スタディーズの発展で中心的な役割を果たす。2017年9月から米国ハーバード大学客員教授。著書には『都市のドラマトゥルギー』『博覧会の政治学』『親米と反米』『ポスト戦後社会』『夢の原子力』『「文系学部廃止」の衝撃』など多数。

 

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