2024年04月18日( 木 )

『盛和塾』稲盛塾長、最後の講演(7)

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 一生懸命に頑張ってくれる人には、「ありがとう、さらに努力してくれ」というし、間違っている人には、「おまえは間違っている」とはっきりいう。また、経営者である自分自身が間違っている点を指摘されれば、「なるほどそうだ。直すようにする」と、こちらも素直に反省する。まさに修行の場です。

 コンパの場が、従業員にとっても、経営者にとっても、自分を鍛えていく場になるわけです。私がこのスタイルでやってきたなかで、海外においても、本音でぶつかり合ったエピソードがあります。それは、かつて米国の京セラ関連会社の社長、副社長級の人たちをサンディエゴに集めて、私の経営哲学を理解してもらうために、2日間かけてセミナーを開いた時のことでした。

 このセミナーでは、前もって英訳した私の著書『心を高める、経営を伸ばす』を渡し、それに対する感想文を書いてもらったのですが、読んでみると、「こんな考え方は嫌だ」という内容ばかりでした。

 「この本には、『我々はお金を目的に働いてはいけません』と書いてある。我々アメリカ人はお金のために働いているのに、お金のために働いたらいけませんとはどういうことか。これは我々のアメリカンスタイルとはまったく考え方が違う」と、セミナーを始める前から、私のフィロソフィは米国の幹部連中から総スカンでした。

 そこで私はフィロソフィを噛んで含めて、一生懸命に話をしました。「私は従業員の皆さまを本当に幸せにしてあげたいと思って、誠心誠意頑張っています。それを実現していくための考え方、行動指針はこういうもので、人間として立派なものでなければならない」ということを縷々(るる)説明しました。

 私が直接、丸1日かけて、魂を込めて話したところ、当初は総スカンだったみんなが納得してくれたどころか、「すばらしい」と共感してくれるようになりました。MITのドクターコース、エール大学、ハーバード大学を出たようなエリートたちも納得してくれて、「京セラフィロソフィはすばらしい。我々もこれからは、この考え方で仕事をしていこう」と、セミナー2日目にはみんな大賛同してくれたのです。

 問題は、その後でした。生活習慣も違えば哲学、宗教、歴史、考え方もまったく違う人たちを心酔させ、わかってもらい、やれやれと思ったセミナー2日目の最後です。

 「これからはフィロソフィで仕事を進めていきましょう」と言って終わろうとしたら、10年も働いている幹部が、質問があると手を挙げました。

 「昨日からお話を伺っていますと、愛とか思いやりということばかりお話しされていますが、3、4年ほど前、京都で開催された経営会議である関連会社の社長が今までずっと赤字だった会社を黒字にしたと意気揚々と発表した時のことを覚えておられるでしょうか」「その時、けんもほろろに彼を叱っておられたように思います。今まで赤字の時も叱られ、黒字になってもけんもほろろの扱いをされたと、彼は非常に落胆していました。私も、黒字にしてもちっとも褒めない、なんと冷たい人なんだと正直思いました」

 「そのような過去の言動と、昨日からお話しされてきた愛とか思いやり、従業員の幸せのため、というお話とは、あまりに矛盾しているのではないでしょうか」

 そのように幹部社員が本音を私にぶつけてきたわけです。みんなが「なるほどな」とフィロソフィに納得しているところに、このようなことを言われてしまえば、それこそ2日間の話がすべて台無しになります。なるほど、ドクター・イナモリは自分のことを正当化するために百万言費やしているだけなのだと、みんなの気持ちが一発で変わってしまいます。

 だから、私もそこで堂々と反論しなければなりません。私は、次のように答えました。

(つづく)

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