2024年03月29日( 金 )

人生100歳時代というけれど…(4)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

ノンフィクション作家 大山 眞人氏

映画「PLAN75」の意味するもの

 映画監督の是枝裕和氏がプロデュースした「十年 TEN YEARS JAPAN」を観た。是枝氏が選んだ5人の新進監督が、「10年後の日本」を脚本制作したオムニバス作品である。とくに『PLAN75』(早川千絵監督)には、やがて起きるであろう日本の近未来を描いていて、衝撃を受けた。

 超高齢社会を解決するため、75歳以上の高齢者に安楽死を奨励する国の制度である。将来に希望を見い出せない高齢者に、公務員の伊丹(川口覚)が死のプランを勧める。「ただ、膏薬を貼るだけ。痛みも不安もありません。支度金として10万円差し上げます。好きなようにお使いください」と高齢者にせまる。10万円を受け取って笑顔を見せる高齢者。プランの対象は貧乏人だ。

 関係部署の課長はいう。「裕福な高齢者は、消費することで国に多大なる貢献が期待できる。貧乏な高齢者は、国の金を無駄遣いするだけだ」と。生産性の見込めない不要な高齢者を始末する政策である。衆議院議員杉田水脈の「LGBTの人たちは生産性がない」発言と見事に合致する。

 監督の早川氏はこの作品の制作意図を、「社会に蔓延する不寛容な空気に対する憤り。それがこの作品をつくるうえでの原動力でした。弱者に対する風あたりはますます強くなり、“価値のある命”と“価値のない命”という思想が、世の中にすでに生まれているような気がしてなりません。他者の痛みに鈍感な社会の行き着く先が、どのような様相を呈するか、『穏健なる提案』を映画で表現してみたいと思いました」と『十年』パンフレットで述べている。

 早川氏の指摘どおり、たとえば「ぐるり」に集う地域住民の多くは、間違いなく「他者の痛みにいちじるしく鈍感」である。周囲の人たちの生活や生き方に興味を示さない。起きてしまった顔見知り(常連)の“不幸”は、一瞬にして「過去の事例」として処理されてしまう。どこまでも「自分ファースト」なのである。

 早川氏が「社会に蔓延する不寛容な空気」に憤り、皮肉を込めて「穏健なる提案」とした「PLAN75」が仮に実施されても、「国の政策だから」という理由で粛々と受け入れるのではないか。国が勧める“死”は受け入れるが、自分で選ぶ“死”は、国によって阻まれる(受け入れられない)という理不尽さがあるような気がする。

生き方(死に方)を自分で決められない

 NHKスペシャル「彼女は安楽死を選んだ」(2019年6月2日放送)を見た。全身の機能が奪われる「多系統萎縮症」という回復の見込みのない難病と宣告された女性が、家族と相談のうえ、「人生の終わりは、意思を伝えられるうちに、自らの意思で決めたい」と、スイスにある「ライフサークル」という自殺幇助(安楽死)団体に登録する。安楽死に至るまで、家族の葛藤や、生と死をめぐる対話を続け、安楽死を迎えるまでの日々を追い続けたドキュメントである。

 経済学者の佐伯啓思氏は、朝日新聞(2019年7月6日)紙上「『死すべき者』の生き方」で、「私は、言葉は悪いが、何か崇高な感動を覚えた。この場合、崇高というのは、すばらしいとか気高いという意味とは少し違う。とても涙なしに見られる映像ではない。だが、ここには、葛藤のあげくに『死』という運命を受け入れ、しかもそれを安楽死において実行するという決断にたどりついた姉妹たちの無念が、ある静謐(せいひつ)な厳粛さとともに昇華されていくように感じられたからである」と述べている。

 佐伯氏が「積極的な安楽死」を容認する理由として、「この先、死を待つだけの生が耐え難い苦痛に満ちたものでしかなければ、できるだけ早くその苦痛から逃れたいからである」「『死』とは1つの意識であり、意図でもある。人間は、死を意識し、死に方を経験することができる」と述べた。

 佐伯氏のいう通り、近代社会では生きることが至上の価値とされ、「医療技術と生命科学の進歩とともに、あらゆる病気を克服して寿命を可能な限り延ばすこと」が人類の最大の目標となった。一方で、「死に方」に関しては議論の対象にもならない。安楽死が認められている国は、オランダ、スイス、ベルギー、ルクセンブルグ、アメリカ、カナダ、オーストラリア、韓国のみだ。

 日本尊厳死協会発行のカードに「延命治療拒否」と記入しても、エンディングノートや遺言状にその旨を記入しても、担当医が殺人罪や自殺幇助罪などに問われては尻込みする。この国では「100歳まで生きること」は奨励するが、一定程度の条件のもとでも「自分の寿命を自分で決めること」は許されない。日本では安楽死も尊厳死も法制化されていない。

 「サロン幸福亭ぐるり」では、今日も両手両足にオモリの負荷をかけて「いち、にーい、さん…」と声を出しながら上下運動を繰り返す。「トコろん元気百歳体操」は不滅なのです。

(了)

<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ二人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)など。

▼関連リンク
大さんのシニアリポート

(3)

関連キーワード

関連記事