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2020年01月28日 09:17

珠海からの中国リポート(16)

福岡大学名誉教授 大嶋 仁 氏

マカオ不思議

 私が住んでいるのは珠海市。家から車で30分行けば、国境の町にたどり着く。そこから歩いて国境を渡ると、そこはもうマカオ。不思議な気がする。

 マカオは中国からすれば「特別行政区」。同じ中国のなかに国境があるというのは、私のような外国人には理解しにくい。名目上は中国だが、実質は別の国ということか。通貨もちがえば、ネット環境も異なる。「一国二制度」とは妙なものだ。

 マカオが不思議なのは、東洋なのに西洋があるからだ。ポルトガル建築を多々残しているせいか、中国から行くと極めて異国的な感じがし、どこか優雅である。香港も中国の特別行政区だが、雰囲気がまったくちがう。旧ポルトガル領と旧英領のちがいかわからないが、マカオでは時間が停まっているような趣がする。

 20年前に中国の一部となったマカオは、中国のおかげで莫大な利益を得ている。いうまでもなくカジノの収益だ。カジノに来るお客さんのほとんどが中国本土から。マカオ出身のある学生が言っていた。「マカオ人はカジノに雇われてますが、カジノで儲けようなんて思いません。ところが、中国人は一攫千金を夢見ているのか、カジノへやってきてたくさんお金を落としてくれます」

 ちなみに、マカオ市はカジノ収益の一部を毎年市民に現金で還元しているという。

 マカオが中国とのつながりを喜んでいるのに、香港はそうならない。習近平もマカオを絶賛している。香港とのちがいを政治的理由で片付ける人が多いが、ほんとうは経済的なものだろう。

 香港が中国の領土となり、一国二制度が敷かれてから、中国人の香港への流入が急増し、生粋の香港人の居場所がなくなった。ただでさえ人口が多く狭い土地なのに、中国本土から富裕層がやってきて高額で物件を買いあさってしまったら、家賃が高騰し、物価も急上昇して不思議はない。香港人は「中国人のせいで」生活が苦しくなったというが、嘘ではない。

 英領だったから議会制民主主義の伝統が根づいている、というのもある。そういう彼らに「中国式」が受け入れがたいのは理解できる。香港では道ゆく人は中国人のように人前で痰を吐かない。あとろから押して割り込むこともない。そういう彼らが行儀の悪い中国人観光客を歓迎するはずもない。

 しかし、中国人にとっての香港はなにより便利で、最先端の物が買える魅力のスポットである。金さえあれば「香港に行きたい」「買い物したい」「できれば住んでみたい」、そういう一角になっている。この不均衡は是正される気配がまったくない。香港と中国の関係は悪化する一方だ。

 香港出身の世界的有名人といえばジャッキー・チェンだろう。その彼が香港で人気を失った原因は、中国の大観衆の前で中国の国民歌謡「我と我が祖国」(我和我的祖国)を平気で歌ったりしたからだ。香港人にとって「裏切り」にほかならない行為だ。

 彼にすれば、ハリウッド制覇はならなかったものの、中国という一大市場を獲得したのだから大満悦だ。生まれ故郷の香港で何を言われようと、気にはすまい。欧米世界を知ったことで中華意識にますます燃えるこの男、「欧米と対抗するには中国という大国を支持しなくてはだめで、香港のことなど構ってられない」と判断しているのかもしれない。気づいている人もあろう。彼の映画には、アジア人を蔑視する欧米人への揶揄がしばしば現れている。

 話をマカオに戻せば、町のいたるところ繁体字の標識とともにポルトガル語の標識がある。これもマカオを東洋のなかの西洋にしている一因だ。一体に中国人は過去の遺産を無駄にしないが、マカオは植民地だったころのポルトガル建築をそのままに残して観光資源にし、フィリピンなどから出稼ぎに来るカトリック教徒たちの憩いの場にもしている。何事にも無駄がなく、抜け目もない。

 それにしても、人口のほとんどが漢民族で、ポルトガル語のわかる人が皆無に等しいというのに、どうしてポルトガル語の標識がこんなにあるのか。アルゼンチンからやってきたM教授はこんな風に説明してくれた。「マカオ人は、カジノに人を惹きつけるにはポルトガル語の異国情緒が役立つと考えているんですよ」

 しかし、それだけか。この町は、将来の発展を見越してポルトガル語を温存しているのではないか。「私たちは東洋です。でも、同時に西洋でもあるんです」というメッセージの世界への発信。これによって、世界中の人をカジノに呼び込もうとしているようにも見える。

 ラテン・アメリカをターゲットにしている、という話も耳にする。具体的には、同じポルトガル語圏のブラジルである。旧市街には情緒が漂い、観光客はそれを喜んで味わっているが、マカオ人はしたたかに先を見据えている。南米で最も経済力のあるブラジルと組めば、もう一儲けできると。

 かつてマフィアの巣窟だった所も、いまは平安そのもの。これまた中国政府のおかげ、と市民は喜んでいる。

(つづく)

<プロフィール>
大嶋 仁 (おおしま・ひとし)

 1948年鎌倉市生まれ。日本の比較文学者、福岡大学名誉教授。 75年東京大学文学部倫理学科卒業。80年同大学院比較文学比較文化博士課程単位取得満期退学。静岡大学講師、バルセロナ、リマ、ブエノスアイレス、パリの教壇に立った後、95年福岡大学人文学部教授に就任、2016年に退職し、名誉教授に。

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