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2020年02月26日 10:00

【シリーズ】生と死の境目における覚悟~第4章・老夫婦の壮絶な癌との闘い(2)

覚悟をもって、人生の思い出をつくる

 由紀(仮名)は残された人生に悔いを残さないよう可能な範囲で旅行(海外旅行主体)を楽しんでいたが、左肺に癌を発症した9年後、今度は右の肺に癌が見つかり手術した。由紀は左右両方の肺を手術したにもかかわらず、日常生活はそこそこ元気に過ごしていた。

 2012年、74歳の時に友人たちと台湾旅行にでかけた。そこで階段を踏み外して大腿骨の複雑骨折という大けがを負ってしまう。不幸は思わぬところに転がっている。

 由紀は反省して「体力は衰えていないと自信があったつもりだが、自分の足腰が弱っているという認識が不足していたため、周囲に迷惑をかけた。あの旅行が私の人生最後の思い出だった」と語った。台湾の病院で手術をした後、すぐに日本に帰って術後のケアやリハビリなどを行った。この一件以来、由紀は外出するのが怖くなり、長年親交のあった友人たちとも疎遠になっていった。

 それから4年後の2017年、またもや癌が由紀の身体を蝕んでいく。今度は骨への転移だった。癌の転移の仕方は様々のようで、全身に転移するもの、また由紀のように肺そのものに深く喰い込むタイプのものもある。

 癌という病気は本当に恐ろしい。免疫力を失った人の身体に「これでもか、これでもか」と襲いかかってくる。免疫力が弱れば弱るほど、転移のスピードが速くなる。最終局面では「えっ!頭のなかにまで転移していたの」と絶句することもしばしばである。よって、常に免疫力を高めておくことを忘れてはいけない。

 癌細胞は人の身体を食いつくして、別の身体に転移し、さらに拡張するのではなく、己が食い尽くしている身体とともに心中する。哀れともいうべき遺伝子を持つ癌細胞に「お互い、共存共栄で生き続けていこう」と呼びかけたい。

相互に思い出づくりに励むこと

 由紀の長年の友人・里美(仮名)は同郷の幼馴染である。若い時に上京し、由紀との交流があったからこそ、なお一層の親友関係となった。里美は故郷に帰り結婚した。

 里美は「女性は長寿と言われますが、80歳を超えた友人たちの多くは体力が弱り、健康で活動的な人が少なくなってきました。だからこそ、この人との会食は『これが最後かな』と心得ながら付き合っています」と語る。

 ある時、里美は久人・由紀夫婦が里帰りして墓の整理をすることを耳にした。2014年のことである(この時に家の墓を整理して東京に移す段取りをした)。里美は「あぁ、これが最後の帰郷になるかもしれない」と判断した。そこで夫婦2人との会食を申し込んだところ、久人・由紀夫婦は快諾してくれた。

 場所は母校である高校近くの河畔にあるイタリアンである。青春時代に河畔沿いで馬鹿話をしながら歩いた光景を共有できることが懐かしい。しかし、由紀から昔の面影がすっかり消え失せてしまっている。笑顔のなかにも闘病の苦しみが見え隠れするのが痛々しい。

 里美は、由紀が料理にうるさく、自分でも自慢の腕を振るい、料理を提供し、お客さんを喜ばせる術をもっていることを承知している。ところが、その最後の晩餐では、由紀にまったく元気がなく、それが里美には気になって仕方なかった。いつもなら料理に対し、辛口のコメントを述べるのだが、

 「なかなかおいしい味つけね。久しぶりにイタリアンにありつけた」と小声で語る姿に不安の念を抱いた。里美はいよいよ「これが最後の晩餐になるかもしれない」と覚悟した。

 里美は記憶をたどり、久人との会食は5回目。いつも由紀を引きたてて、自分は控えめにしていたのが強く印象に残っている。「由紀もすばらしい旦那さんにめぐり合ってくれた。幸せそう!」と里美は久人を尊敬してきた。その久人が、あれほど好きだったお酒を注文しない。元来、寡黙な久人だったが、焼酎でも飲んで、場を緩めてほしいと思ったという。

ニューヨーク旅行が最高の思い出となった

 由紀が突然、「里美!ありがとう。こんなすばらしい夕食をセッティングしてくれて」と感謝の念を語りだした。そこから由紀が饒舌になった。「この10年間、動ける限り、ご縁があった方々との最後の思い出づくりに励んできたわ」と本心を吐露するようになり、それまでとは一転、喜々とした顔付きなったそうだ。

 由紀は「最大の思い出はニューヨーク旅行だ」と叫んだ。「記憶に誤りがなければ65才(2004年)のころ、妹の旦那から『家族でニューヨークに行こう』という申し出があり、初めて夫婦で参加した。別の妹夫婦もついてきた。やはり兄弟間ではリーダーシップを握る人がいると結束ができるね」と語った。

 由紀はさらに「ハドソン川の南側・ニュージャージー州にあるフレンチレストランからマンハッタンの夜景を見たのが、最高だった。チャンスを逃がしては後悔するから常に前向きな決断をしてきた。闘病しながらもう一度、マンハッタンの夜を歩きたいと思っている」と話した。

(つづく)
【青木 悦子】

※登場人物は全て仮名です

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