2024年04月20日( 土 )

新型コロナ禍:自粛ポリス、相互監視、差別、排除、正論、空気…(前)

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大さんのシニアリポート第88回

 新型コロナウイルス禍により、自主運営する「サロン幸福亭ぐるり」(以下「ぐるり」)を休亭して間もなく3カ月になる。同調圧力という「逆風」は依然として弱まることがない。この間、世の中で起きているさまざまな“事件”や“変化”が、小さな地域でも顔を見せている。1つは亭主にかかってくる家賃の問題、常連客のパチンコ狂(ギャンブル依存症)、相互監視、排除、差別、過剰反応…、具体的な事例を挙げて報告したい。

 常連Mさんのパチンコ狂は「パチンコ店自粛要請」以降、さらにエスカレートしていった。車がない彼女は、電車を乗り継いでも出かける。仲間と連絡を取り合い、情報を交換して開いている店を探し出す。「ぐるり」のスタッフが、「パチンコ屋さんからコロナウイルスを持ち込んできたらどう責任をとるつもりなんでしょう」と嘆く。もちろん責任など考えもしないだろう。「とにかく、なにがなんでも、絶対にパチンコ台の前に座りたい」のだ。それが依存症という「病気」の正体なのである。

 あえて、叱責覚悟で提言したい。「今がチャンス」なのだと。実はMさん本人、自分がギャンブル依存症であるという自覚がない。自覚があれば説得して診療内科の受診や「依存症克服グループ」などへの参加による救済方法が可能になるのだが、肝心要の本人にその自覚がまったくないのだ。Mさんの家族で解決すべき問題なのだが、家族関係は完全に崩壊している。

 「自己責任」を理由に放置するという方法もあるのだが、何しろ軍資金がなくなると、周囲に借りまくる。生活資金に困ると、集合住宅の扉を叩き、大声でわめいて食料をせがむ。周囲に迷惑がかかることを嫌がり、仕方なく金も食料も提供する。Mさんは“羞恥心”を失念した。懇意にしている社会福祉協議会に相談しても真剣に向き合おうとはしてくれない。とくに新型コロナウイルス感染リスクを避けるために、3月から「ぐるり」での「福祉相談所」も完全閉鎖。「何か問題が起きたら、連絡を」というが、自覚のない本人が社協に連絡するはずもない。「今がチャンス」といったのは、社協のような公的な機関の相談専門員(CSW=コミュニティ・ソーシャル・ワーカー)という肩書きを持つ人が、「Mさん、パチンコをやらないと気が済まないというのは、ギャンブル依存症という病気です。病気は必ず治るから」と説得すれば、依存症に気づき、対応する場合もあるだろうと推測するからだ。

 「私たちの社会はいつのまにか、『絶対に感染しては、させてはいけない』という感覚に基づいて振る舞うことこそが、道徳になってしまった。感染リスクを限りなくゼロに近づけることが、1人ひとりに課される至上命令になり、ほかの大きな問題を生み出しています」「差別、中傷、バッシングです。自治体が『自粛要請』に従わないパチンコ店を公表すると、抗議や脅迫が殺到する事態になりました。これは現代の『村八分』でしょう」と朝日新聞(20年5月8日)紙上で発言したのは、医療人類学者の磯野真穂氏である。「感染拡大を助長していると批判を受けたのは、最初は若者、そして、夜の街にいた人たち、さらにパチンコ店やそこに出入りする人たちです」「つまり、コロナが起きる以前から『社会秩序を乱す』と名指しされがちだった集団に向けて、『正しさ』のこん棒が振るわれているのです」と指摘する。

 コロナが起きたから問題視されたのではなく、常日頃から社会的に蔑視されている職業やそれに関わる人たちへの差別意識が、コロナを理由に一気に表面化しただけなのだ。今、「正論」を吐く人たちがなんと多いことか。これを機に排除の対象と考えている人たちを具体的に“排除”する。社会正義の勘違いが「自粛ポリス」を自認して排除にかかる。戦時中の「この非常時に…」と喝破し、相互監視状態をつくり上げるのと酷似している。恐ろしいことである。「仮想的有能感」(根拠がないのに、自分は他者より優れていると勝手に思い込む)を持つ人たちがいる。「社会に役立たない障害者は不要」「自分はそういうことを実行できる立場にいる人間」と、重度障害者19人を殺害し、職員を含む26人に重軽傷を負わせた植松聖(死刑確定)を彷彿とさせる。

(つづく)

<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)など。

(第87回・後)
(第88回・後)

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