2024年04月27日( 土 )

【特別寄稿/山崎伸二教授】新型コロナウイルス感染症は我々に何を教えてくれたのか(前)

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大阪府立大学大学院
生命環境科学研究科 感染症制御学領域
教授 山崎 伸二

人類と感染症の長い闘いの歴史

 古代エジプトのミイラに結核や天然痘の痕跡が見出され、それらが死因ではないかと推測されている。人類は古代から感染症の脅威に曝され、さまざまな感染症との戦いを繰り広げてきた。

 数々の敗戦を経験しながら、検疫、公衆衛生や疫学、ワクチン、消毒薬、さらには抗菌薬という武器を手にした。1980年、WHOは声高らかに天然痘の撲滅宣言をした。人類は、少なくとも先進国は、感染症に打ち勝つことができると確信した。皮肉にもその翌年、AIDSが報告され、原因ウイルスであるHIVが1983年に分離された。

 1996年、新興・再興感染症という新たな概念が登場した。感染症が開発途上国のみならず先進国においても脅威であることが認識された。21世紀に入り、表に示したさまざまな感染症が現実の問題として突きつけられてきた。そして、オリンピックイヤーだった今年、新型コロナウイルスによるパンデミックが発生し、約6カ月経った今なお、世界を混乱に陥れている。本稿では、感染症の歴史を紐解きながら「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は我々に何を教えてくれたのか」について私見を述べたい。

欧州人口の30%以上が犠牲になったペストの恐怖

 微生物が感染症の原因となることがまだわかっていなかった古代から、結核、ペスト、天然痘、コレラやインフルエンザなどさまざまな感染症に人類は翻弄されてきた。古代ギリシャでは、ヒポクラテスが疫病の原因はミアズマであると唱えていた。ミアズマとは汚れた空気を意味し、「地震や洪水の後に疫病が発生するのは、ミアズマを吸入した結果である」とした。

 中世になるとイタリアの科学者ジローラモ・フラカストロが生きた伝染性生物によって病気が広まることを提唱した。「接触による伝染、媒介物による伝染、空気を介した伝染の3つがある」と。今でこそ感染症の原因となる病原微生物に、細菌やウイルスなどがあることが知られているが、人類の誕生は約300万年前と言われているなかで、微生物の存在に気づいたのはたかだか400年前の17世紀、オランダ人アントニ・ファン・レーベンフックであった。約270倍に拡大できる顕微鏡を開発し、ミクロの世界を覗いてからである。

 さらに1859年、フランス人ルイ・パスツールが白鳥の首フラスコを用いて「生物は自然発生しない」ことを証明し、1876年にはドイツ人ローベルト・コッホが病気の原因となる細菌(炭疽菌)の単離に世界で初めて成功した。以後、感染症の研究は飛躍的に発展したが、その過程は多くの犠牲をともなうものであった。

 ペストは過去少なくとも3回のパンデミック(世界大流行)を引き起こし、その起源はすべて中国と言われている。1回目は6世紀、東ローマ帝国を中心に蔓延し全人口の40%を失った。2回目は14世紀、ヨーロッパでは人口の3分の1に相当する約2,500万人が犠牲になった。3回目は19世紀のアジアで発生し、香港でフランス人アレクサンドル・エルザンと北里柴三郎がペスト菌の分離に成功した。

 2回目のパンデミックが起きた14世紀、ヨーロッパでは患者と接した人が次から次へと感染し、人々を恐怖と混乱に陥れた。ペストは患者の腋や鼠径部のリンパ節が腫れ、皮膚に黒い斑点が現れることから「黒死病」とも呼ばれている。ブリューゲルが描いた「死の勝利」など当時の悲惨な様子は数々の絵画にも残されている。当時、チンギス・ハンの子孫がアジアから東ヨーロッパにかけて巨大なモンゴル帝国をつくり上げ、広範囲に貿易が行われていた。一方、イタリアは東方貿易によって巨万の富を挙げていた。その結果、中央アジアで発生したペストは、クリミア半島を経由してジェノヴァの貿易船によってシチリア島に運ばれ、そしてヨーロッパ全土に広がった。

 ミラノ公ペルナボは、ペスト患者の届出、移動禁止、隔離などの検疫法を公布した。ベネチアやマルセイユでは検疫所が設置され、外国から入港した船を厳重に検査し、汚染の疑いのある物品や家畜、船員や船客のすべてを強制的に40日間抑留し検疫官が安全と判定した後に市内に入ることが許された。この「40」というイタリア語「クワランテーナ」から「クワランティン(英語)=検疫」という言葉が誕生した。

(つづく)

<PROFILE>
山崎 伸二

1984年 神戸学院大学薬学部卒業、大阪大学大学院薬学研究科、東京大学大学院医学系研究科、京都大学大学院医学研究科を経て、89年京都大学助手、91年医学博士(京大)、95年国立国際医療研究センター研究所室長、 2001年大阪府立大学大学院農学生命科学研究科教授。1991年-94年ドイツ国立動物ウイルス病研究センター、1998年-2000年インド国立コレラ及び腸管感染症研究所、2017年-19年大阪府立大学学長補佐、日本細菌学会理事、日本食品微生物学会理事、AMED日米医学協力研究会コレラ部会  部会員、AMED J-GRID プログラムオフィサー等を務める。

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