わらび座ミュージカル「北斎マンガ」特設ページ
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2020年07月21日 07:00

カラオケ大盛況に嫉妬する、ぐるり亭主(後)

大さんのシニアリポート第90回

 面白い話がある。1999年、アメリカ『タイム』誌に、「20世紀でもっとも影響力のあったアジア人の20人」に、昭和天皇やガンジー、毛沢東などとともに井上が選出されたのだ。さらに2004年、「イグ・ノーベル賞」(平和賞)を井上は受け取っている。「イグ・ノーベル賞」は、ハーバード大学系のパロディ科学雑誌『The Annals of Improbable Research』(まずありそうもない研究年間報告)の編集者、マーク・エイブラハムが1991年に創設した。本物のノーベル賞受賞者を含むハーバード大学やマサチューセッツ工科大学の教授らが書類選考し、「人をまず笑わせ、そして考えさせる研究、絶対に真似できない・真似すべきでない業績を対象に」授与される。井上の受賞は「お互いの歌をじっと聞くという、忍耐強さを鍛えるまったく新しい方法を編み出した」として、その功績を高く評価された結果の受賞だった(『時事用語辞典』の「イミダス編」参考)。

 BGMとしてのメロディのみの音楽は、スナックや喫茶店、デパートなどにすでに広く行きわたっていた。だが、「心地よい音楽を‘聴く’」というシチュエーションをつくるためで、「歌う」ことを目的にはしていなかった。「‘歌う’ことを目的としたメロディ音楽」(薄メロとも)を開発し、クラブやバー、スナックなどに「レンタル用」として提供したとことが大きい。

 カラオケ誕生から約10年間で、大手家電メーカーや、クラリオン(株)や日本ビクター(株)など音楽業界の大手企業などがカラオケ産業に参戦して、販売エリアを大きく広げた。ハードやソフト面でも技術革新が進み、「8トラック」→「レーザーディスク」(パイオニア(株)が開発)→「VHDカラオケ」(「絵の出るカラオケ」日本ビクターが開発)→「通信カラオケ」と進化していく。歌える場所もバーやスナックから、「カラオケボックス」へと移行。一方で「家庭用カラオケ」も爆発的にヒットし、「カラオケなくして人生なし」という時代へと変えていった。近年は、大手カラオケメーカーの統廃合による「再編成化」が進み、大きな曲がり角を迎えている。

 東京新宿3丁目にあったスナック「漁り火」で「流し」(カウンターのなかでリクエストに合わせてギターを弾き、客が歌う)を筆者がしていたのは、カラオケが出始めた1972年頃だった。当時は、近所のバーやスナックにはカラオケはなく、ギターがあった。腕に自信のある客の弾くギターに合わせて歌うことが、当たり前の時代だった。

 「漁り火」には大陸帰りの元日本兵や軍属、町工場の社長、大学の先生が多く、筆者が弾くギターで「上海帰りのリル」「国境の町」「誰か故郷を思わざる」などを熱唱し、涙を流して喜んでくれる人たちがいた。当時、筆者は出版社の雑誌編集者で、毎日顔を出すことはできなかったが、数日顔を見せないと、ママから「いつまで待たせんのよ。お客がお待ちかねよ」とクレームの嵐だった。私の下手なギターでもみんな喜んでくれた、いい時代があったのだ。

 公営住宅の集会場を借りて「幸福亭」(「サロン幸福亭ぐるり」の前身名)をオープンさせた当時は、筆者の弾くギターで「昭和歌謡史」を参加者全員で歌った。市内にある高齢者施設などからも声がかかり、ギター持参で駆けつけたことも少なくなく、筆者を必要としていた時代があった。しかし、6年前、「ぐるり」に優秀なカラオケセット(マイクは最高級のSHUREもどき、スピーカーはBoseのビンテージ、アンプは…)がマニアのカラオケ部長から寄贈された。それ以来、筆者のギターの出番はパタリと途切れたままだ。
 誰1人として、「たまには亭主のギター伴奏で歌いたい」といってくれる奇特な来亭者はいない。無声映画時代に名声を博した‘活動弁士’が、トーキーの時代になった途端、‘無用の長物’として捨てられた気持ちが痛いほど分かる。来亭者は正直者である。カラオケには勝てない。

 「ぐるり」のカラオケ部長は、狭いながらもミラーボールを付けたステージを設けた。半年ごとに「カラオケ選手権」を企画し、優勝者には名前入りのトロフィーを授与している。他にも、「ブービー賞」(最下位から2番目の人)や、「真ん中賞」(参加者の真ん中の点数)、「ピッタリ賞」(事前に書き出した点数と合致すると商品ゲット)など目白押しのユニークな企画を乱発している。もはや筆者は過去の遺産でしかない。もしかして、カラオケ部長に嫉妬しているのかも。

(了)

<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)など。

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