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2020年08月25日 16:02

【IR福岡誘致特別連載3】住民主導による福岡IR誘致 アメリカがあったときの賑わいを

IR誘致促進委員会会長・志賀商工会会長 井上 準之助 氏

 8月19日、突如報じられた福岡市の市民グループによるIR(統合型リゾート)施設の福岡市への誘致活動。他都市のIR誘致活動との大きな違いは、行政主導ではなく、市民による誘致計画ということである。行政と地域住民に納得してもらえるよう、関係者たちは水面下で周到に戦略を練ってきた。彼らを突き動かすのは、まちにかつてアメリカがあったときの元気を取り戻したいという思いだ。地域で誘致活動の中心的役割を担っている井上準之助氏に話を聞いた。

(聞き手:(株)データ・マックス 代表取締役 児玉 直)

西戸崎でアメリカに囲まれて育つ

 ――最初にこのIR構想についてどのような印象をお持ちでしたか。

井上 準之助 会長

 井上準之助氏(以下、井上) 最初にこの統合型リゾートの話を聞いたときには、本当に国営公園のなかにつくれるものかと驚きました。しかし、その構想について詳しく聞くと、私が長年やってきたことと重なるものだと感じました。私は西戸崎を元気にするためにはどうするかということを考えて行動してきましたが、このIRこそ自分がこれまで行ってきたことの答えではないかとさえ感じています。

 現在では西戸崎近辺の住民のあいだでさえ知られていなくなっていますが、第2次世界大戦後から1972年まで、この地は米軍の「キャンプハカタ」(現・国営海の中道海浜公園)であり、基地の外にも米軍関係者が居住していた「米軍ハウス」がありました。

キャンプハカタ入口

 私は西戸崎で生まれ育ちました。私の父親はキャンプハカタの食堂でコックをしており、後にロイヤルホスト(株)を創業する江頭匡一氏と親しく、事業に誘われたこともあったとのことです。母親は米軍ハウスでメイドをしていました。そのため、周囲にアメリカのものがあるなかで育ちました。ちなみにこの地域は福岡市で最初に水洗トイレが導入されています。子どものころは鉄条網で囲まれた基地のなかを米国人がバイクで走っている光景を日常的に見ていました。このような経験から米国に対して親近感を抱いていたわけです。私の育ったこのような環境が一般的なものではなかったことに気づいたのは、大きくなってほかの人に話してからです。

 それで当時のことをもっと知りたいと大人たちに話を聞くようになりました。2014年には、当時の記録を残すために写真展を企画しました。キャンプハカタに滞在していた軍人OBの交流サイトをみつけ、幸いにあるOBの方から大量に写真を提供していただき、15年3月から西戸崎公民館で写真展を開催することができました。展示は当初、年度末のみの予定でしたが、ご覧になった方がSNSで共有してくれたこともあって、全国各地から来場者が訪れるようになり、今も継続しています。

キャンプハカタ

IRのもたらす地域への効果

 ――この西戸崎にIRを誘致するのは歴史的に「必然」であると感じます。福岡市に上申したときの反応はいかがでしたか。

 井上 国のIR区域への申請期間は21年1~7月であり、もともとは今年3月くらいの上申を予定していました。新型コロナウイルス感染拡大のためIRに対する社会の雰囲気が変わったことと、申請期間が変更になるかもしれないと思い、上申を控えておりましたが、変更する気配が見られないことから上申を決めました。

 8月19日、西戸崎、志賀島両地域の地元有志、福岡青年会議所前会長などの署名を得て、福岡市および議会に上申しました。阿部真之助市議会議長に上申書を手渡した際、当初はエビデンス面の裏付けが十分なのかどうか懸念されていたようですが、資料を提示し説明したところ長く話を聞いていただき、興味をもっていただきました。

 マスコミは、IRのカジノ、ギャンブル依存症という一側面を切り取って取り上げ、批判します。しかし、このIR構想はあくまで家族で遊びに行く楽しく過ごせる総合的なリゾート施設であり、カジノの面積はそのうちの3%を占めるに過ぎません。

 IRは福岡市にとってもよい話だと思います。費用面での負担は調査にかかる経費くらいのものです。政府が行う事業であり、負担もリスクも小さいと思っています。候補地が国営で広大な海の中道海浜公園(面積約540ha)ということであれば、福岡市が土地を新たに借り入れるも必要もありません。
 JR九州、福岡市営渡船にとっても本数が増え充実していくでしょう。そうなれば、西戸崎の住民にとっても利便性が向上すると思います。

 志賀島は農業、漁業が盛んで観光資源に恵まれていて知名度もありますが、西戸崎はとくにこれといった産業はなく、歴史的にも明治の初めは14軒しか民家がなかったほどです。明治の終わりころ(1909年)にライジングサン石油(株)(現・昭和シェル石油(株))の製油所が竣工してから発展していきました。まちの状態に合わせて商売を行ってきたというまちであり、特筆すべきものはありません。両地域から成る糟屋郡志賀島は71年に福岡市に編入されましたが、それ以前で住民がもっとも多かったときには1万3,000人いました。

 しかし現在、住民が市内への通勤のためこの地域を離れるようになっています。また、海の中道海浜公園への来場者が西戸崎のまちに来るわけでもありません。アメリカがあったときの元気な西戸崎を取り戻したいという思いでいっぱいです。

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 住民のなかにはカジノがやってきてまちの雰囲気が悪化するのではと懸念する方もいます。テーマパークをつくるというこの計画のメリットについて理解してもらい、安心していただくことが、ここに住む私の役目だと思っています。

 写真展がきっかけとなりキャンプハカタのOB会の人たちと交流をするようになり、昨年11月にはフロリダ州で開催された同窓会に招待してもらいました。IRにキャンプハカタのOB会の人たちを招待できればと願っています。

「僕の街にはアメリカがあった」写真展

 

【茅野 雅弘】


<プロフィール>
井上 準之助
(いのうえ・じゅんのすけ)
 1955年糟屋郡志賀町西戸崎(現・福岡市)生まれ。1977年から「美容室BOY」を引き継ぎ経営。地域の青年団長、消防分団長、中学校PTA会長などを経て、2012年から西戸崎公民館長、18年から志賀商工会長を務める。19年から福岡IR誘致に尽力している。

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