2024年05月02日( 木 )

コロナ禍における「世間」と「同調圧力」(後)

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九州工業大学名誉教授 佐藤 直樹 氏

4つの「世間のルール」

佐藤 直樹 教授

 私は「世間」を構成するルールは4つあると思っています。まずは「お返しのルール」です。世界中を見渡してみても、お中元やお歳暮のように大規模なモノのやりとりをしているのは日本だけです。バレンタインデーでチョコをもらったお返しにモノを贈るホワイトデーなんかは、お返しルールがある日本においてはマーケティング的に大成功だったといえます。モノだけでなく、たとえばLINEなどのメッセージに返事を送らない既読無視も日本では問題視されてしまいます。日本で「お返しのルール」を守らないということは人格評価につながってしまうわけです。

 2番目は「身分制のルール」です。先輩・後輩、年上・年下などの「身分」が力関係を決めてしまい、先輩や年上には従わなければなりません。英語に先輩・後輩にあたる言葉はありません。英語の1人称はI、2人称はYOUですが、日本語の場合、1人称は私、僕、俺など、2人称はあなた、君、お前など複数存在します。それはどうしてかというと日本人は誰かと会ったときに「この人は自分より上か下か」を常に判断し、相手の身分によって、丁寧語、尊敬語、謙譲語などを使い分けなければならないからです。

 しかし、英語は相手が大統領だろうが友達だろうがYOUになります。このように英語は「法の下の平等」が言語にも表れています。日本も法の下の平等が規定されていますが、それはいわば建前で、厳然たる上下関係があるわけです。極端にいうと日本語は「世間の言葉」で、英語は「社会の言葉」なのです。

 3つ目は「人間平等主義のルール」です。「出る杭は打たれる」という言葉があります。数人で中華料理屋に行ったとしましょう。1人が「ラーメンを食べる」といったら、他の人もだいたい同じぐらいの金額の料理を食べるでしょう。なかなか「フルコースを頼む」とは言いにくい。これも世間の同調圧力の一種です。

 宝くじの高額当選者が換金する際、銀行から渡される冊子「その日から読む本」には「当選したことを人にいわないように」といった内容のアドバイスが載っているそうです。当選したことで人にねたまれる、ひがまれる。さまざまなトラブルに巻き込まれた事例もあるそうです。

 出世する人というのは、ねたまれない人、ねたまれないように行動できる人です。新自由主義により、成果主義が導入されました。かつて日本の企業は、年齢や勤務年数に応じた年功序列システムを採用する会社が大半でした。これは先に述べた「身分制のルール」に基づいたもので、年齢が上の人が高い給料をもらっているわけですから何ら不満を抱く人はいません。しかし、成果主義の導入で、自分より若い人、後輩が自分より高い給料をもらっているとなると、ねたみ意識が出てきて社内がぎくしゃくしてしまいます。日本人には年功序列制度があっていると思いますし、実際、成果主義を導入したものの、うまくいかず結局、年功序列に戻した会社も多いようです。

 「人間平等主義のルール」には「出る杭は打たれる」のほかに「個人の不在」があります。日本では「個人主義」というのは、ややネガティブな意味に捉えられますが、欧米のindividualはまったく意味が異なるポジティブな言葉です。

 欧米の企業には職務記述書という労働者と交わす契約書のようなものがあり、そのなかには事細かにその人の仕事内容が記されています。一方、日本にはそうした細かい規定がない会社が多く、たとえば隣のデスクの電話が鳴ったら出るなどは普通のことですが、欧米では個人主義が強く同僚であっても「自分は自分」という意識が強いのです。

 だから彼らは、「過労死」なるものを理解できません。日本の企業は、立場が弱い人、仕事を断れない人などに仕事が集中し、その結果、過労死、または過労自殺を引き起こしてしまいます。欧米では仕事とは「生きるためにするもの」という認識なので、「生きるためにするもの」によって命を失うなんてことは考えられないことではないでしょうか。

 4つ目は「呪術性のルール」です。日本には「大安に結婚する」「友引には葬式をしない」といった迷信・俗信の類が多数存在します。コロナ禍で感染者差別、医療従事者への差別などが問題になりましたが、これは日本人の根底にある「ケガレの意識」の現れだと思います。ハンセン病患者に対しての差別も今回のコロナ感染者差別とまったく同じ「ケガレの意識」からきているのです。

 私は長年「加害者家族へのバッシング」問題にも取り組んでいます。感染者がまるで犯罪者であるかのような扱いを受けているのも、日本では犯罪者は「ケガレ」だと見なされてきたからです。だから加害者家族が責められ、謝罪をしなければならないのです。欧米では社会が形成されていく過程で、俗信・迷信の類はほとんどなくなりましたが、日本には社会が形成されず、世間が残り現在に至っているわけです。

 日本はとても治安が良い国だという話をしましたが、若い女性が夜中の12時に1人で普通に歩けるのは日本ぐらいのものでしょう。こうした治安の良さは世間の同調圧力が働いているからで、同調圧力のプラス面です。

 一方、コロナ禍における「自粛警察」「マスク警察」の出現は同調圧力のマイナス面の代表ともいえます。このように「同調圧力」にはプラス面、マイナス面の両面があるということをわかっていただきたいですね。

(了)

【新貝 竜也】


<プロフィール>
佐藤 直樹
(さとう・なおき)
 評論家 1951年仙台市生まれ。九州大学大学院博士後期課程単位取得退学。英国エジンバラ大学客員研究員、福岡県立大学助教授、九州工業大学教授などをへて、九州工業大学名誉教授。99年「日本世間学会」創立時に代表幹事。主な著書に、『同調圧力-日本社会はなぜ息苦しいのか』(鴻上尚史との共著・講談社現代新書)、『なぜ日本人は世間と寝たがるのか-空気を読む家族』(春秋社)、『加害者家族バッシング-世間学から考える』(現代書館)、『犯罪の世間学-なぜ日本では略奪も暴動もおきないのか』(青弓社)、『目くじら社会の人間関係』(講談社+α新書)など。

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