2024年03月29日( 金 )

【北九州】好きっちゃ黄金市場 魅力再発見で生き残り模索

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北九州・黄金市場

 JR小倉駅(北九州市小倉北区)から南へ車で約7分。モノレールの最寄り駅からは徒歩2分の、オフィスビルやマンションが林立する一角に黄金(こがね)市場はある。地方市場の衰退は著しく、北九州でも廃墟のようになった市場は少なくない。が、この黄金市場は今日も元気だ。地元の主婦、家族連れや若いカップル、ビジネスマンらしきスーツ姿の男性客らが通りを行きかう。

店先に立つ中江さん
店先に立つ中江さん

 「黄金のエース」ともいうべき存在が、市場のメイン通りのほぼ中央にある2店舗だ。朝びき鶏や佐賀県産和牛、「肥後あそび豚」など品質にこだわった新鮮なミートが並ぶ「肉のワールド」と、鶏の唐揚げやタタキ、鶏肝の甘煮などのほかローストビーフやサラダなど洋食系オードブルが彩を添える「デリカワールド」。明るい光、色彩豊かな陳列棚、店員は思い思いの帽子を被り可愛いエプロンを着けておしゃれな雰囲気を醸し出す。70代から10代の学生アルバイトまで約20人が働く店は活気があり、昭和レトロな市場の特異点となっている。

 もともとは鶏肉の専門店として門司、戸畑など北九州の各地を転戦したが、1977年に黄金市場に移り店舗を拡充、肉だけでなく総菜のバリエーションも広げて客のニーズに応えてきた。「魅力があればお客さんは来る。市場へ行ったら、なにか楽しくて、懐かしい雰囲気があると思ってもらえたら」。2店舗を営む(有)「とり肉のワールド」社長、中江克(まさる)さん(53)はそう語る。鉄鋼メーカーのサラリーマンから転職して20年、社長業10年の節目を迎え、ますます意気盛んだ。

「トン」から「グラム」への転身

 中江さんは長崎県佐世保市生まれ。福岡の大学を卒業後、証券会社勤務を経て東京の日本金属工業(現・日本製鉄)に勤めた。90年代の半ばに北九州に赴任した際に妻・久美子さん(49)と知り合い、彼女の実家の店を年末に手伝うようになった。業界再編の嵐に見舞われる鉄鋼の世界に身を置きながら目にする市場の活気がまぶしかった。久美子さんと結婚後、4年の東京暮らしを経て2001年、「とり肉のワールド」の社員になった。33歳。知人の精肉店で肉のさばき方を修得するなど、慣れない仕事に精力的に取り組んだ。自ら「トンからグラムへの転身」と呼ぶ人生行路の大転換に不安がないわけではなかったが、喜び、楽しさのほうが大きかった。

「周りが支えてくれました。会社勤めのころは朝早く出て夜遅く帰るのでなつかなかった子どもがなついてくれた。それもよかったですね」

 仕事と家庭生活の充実がさらなる好循環を生み、売上を伸ばしてきた。肉の品質にこだわるのはもちろんのこと、クリスマスには店先で鶏の丸焼きを実演するなどお楽しみ行事も展開。8年前から元イタリア料理店シェフも加わって腕を振るうデリカワールドは「デパ地下にも負けない」と胸を張る。今は一時閉店している飲食店「焼きとりワールド」はミシュランガイドの〈福岡・佐賀2014特別版〉に掲載された。現在、新型コロナウイルスの影響で飲食店の売上は「ほぼ全滅状態」だが、個人客の“巣ごもり需要”でとくにデリカワールドが奮戦し補っている。

女性客が立ち寄るデリカワールド(右奥が肉のワールド)
女性客が立ち寄るデリカワールド(右奥が肉のワールド)

「生きている市場」を残したい

 市場の最大の悩みは後継者不足といわれる。「とり肉のワールド」会長で中江さんの義父、鈴木孝雄さん(79)は「自分の代でやめるのはもったいないが、どうしたものか」と悩んでいるところに中江さんという“救世主”が現れた。中江さんの長男で大学3年生の亮(りょう)さん(21)は帰省すると店を手伝い、最近はインスタグラムを使ったPRの研究も始めたという。ワールドに後継者問題の心配はなさそうだ。

 「次の代がいると思うと意欲がわいてくる」と鈴木さん。「市場の魅力はお客さんとの対話。年を取ったらとくに、ね。(包丁さばきの)腕は落ちてきましたが、アゴは落ちてません(笑)。もう一花咲かせたいですね」と笑う。

 「ウチが頑張れば周りにも波及する。他の店からこちらへ来てくれるお客さんもいる。時代にマッチした、あるいは季節感を生かした工夫の仕方はいろいろある。人が集まり活気がある“生きている市場”を残していきたいし、できると思います」。中江さんは市場の通りを眺めながらにこやかに語る。

 全盛期には110店舗が軒を連ねた黄金市場も今は60店舗に減った。しかし見方を変えれば、冬の時代を乗り越えてきた精鋭ぞろいじゃないか。中江さんの笑顔を見ていると、そう思えてくる。

【山下 誠吾】

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