2024年04月26日( 金 )

コロナ騒動を機に「日本の文化度」を考察(1)

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美術評論家 岩佐 倫太郎 氏

 ドイツでは、グリュッタース文化相が「文化は平穏なときにだけ享受される贅沢品ではありません。皆さんを見捨てるようなことは決してしません」(2020年5月)と具体的な支援・補償を約束した。一方、日本では「日本の文化芸術の灯は消してはなりません」(宮田文化庁長官)という発言はあったものの、具体的な取り組みにはほとんど言及していない。「日本の文化度」について、美術評論家の岩佐倫太郎氏に話を聞いた。

陸上ではコロナ騒動、海上では33艇が死闘

 ――岩佐先生は今回のコロナ騒動をどのように受け止めていますか。ヨットマンとしては、不自由な1年だったと思いますが。

岩佐 倫太郎 氏
岩佐 倫太郎 氏

 岩佐倫太郎氏(以下、岩佐) ヨットについていえば、2月に最高にロマンのあるニュースが飛び込んできました。地球をシングルハンドで1周する長距離外洋帆走レースの最難関といわれる第9回「ヴァンデグローブ(※1)」(2020~21年)で、日本の白石康次郎氏が33名中16位の成績で完走したことです。これは32年の歴史のなかで、アジア人として初めての快挙でした。私はこのレースにヨットマンとして、2つの意義を感じています。

 1つ目は、陸上ではコロナで大騒ぎとなっているなかで、海上では33艇が約3カ月の間、3密などとは無縁でひたすらスピードを競って戦っていたということです。私たちも映像で届けられるインド洋や南太平洋の素晴らしく美しい景色を眺め、地球は決して病んでいないと感じることができましたし、過酷で孤独な戦いをするセイラーたちの姿を見て、人間の自由の意味や挑戦の精神を共有することができました。

 2つ目は、世界最大級の工作機械メーカーのDMG森精機(東証1部)が、企業メセナでチームをつくって白石氏を応援し、資金提供を含め20億円相当の多大な援助を行ったことです。ヨットレースをサポートして世界マーケティングに生かすというのは、ドメスティックな企業には思いもおよばないセンスの斬新さを感じました。日本でもこのようなグローバル企業が出てきたのですね。

 さらに今回は、海の男のロマンを感じさせる大きなオマケの話もありました。着順3位でゴールを切った艇が逆転優勝したのです。それはレースの途中で遭難艇が出たとき、3位でゴールした選手がレースを中断してレース仲間の捜索に加わり、本部がそれにかかった所用時間を差し引いた結果、3位の選手の逆転優勝が決まったのです。コロナ騒動のなかで、勝ち負けだけではないシーマンシップが一服の清涼剤ともなりました。

 コロナ騒動で昨年は数カ月間、経済がほとんどストップしました。経済については難しい理論がたくさんありますが、とどのつまりは、個人消費が進まない限り、経済は円滑に回っていかないことを改めて実感したということです。

 私たち国民のすべてがプレイヤーとして、日本経済に参加・貢献しているわけです。つまり、お金が特定の層に集中することはよくありませんし、ましてや「トリクルダウン(※2)」などという理論が意味のないことであることを国民の多くが実感したのではないでしょうか。

※1:フランス・ヴァンデ県をスタート・ゴール地とすることから、この名称がつけられた。南半球のルートを通るもっとも過酷な世界1周ヨットレースといわれ、完走率は約50%。優勝賞金は20万ユーロ(約2,500万円)。航路期間は約100日、距離は4万8,152kmに達する。冒険好きなフランス人好みのレースで、スポーツ・イベントとしての注目度は非常に高い。昨年11月のスタートの模様を視聴したフランス人は48%に上り、この数字は「ツールドフランス」やテニス「全仏オープン」の決勝と肩を並べる。 ^

※2:「徐々にあふれ落ちる」を意味する。富める者がさらに富めば、貧しい者にも自然に富が浸透するという考え方。富裕層や大企業を優遇する政策をとって経済活動を活性化させれば、富が低所得者層に向かって流れ落ち、国民全体の利益になるとしている。 ^

(つづく)

【文・構成:金木 亮憲】


<プロフィール>
岩佐倫太郎氏
(いわさ・りんたろう) 
美術評論家。大阪府出身。京都大学文学部(フランス文学専攻)卒。大手広告代理店で美術館・博物館・博覧会などの企画とプロデューサーを歴任。ジャパンエキスポ大賞優秀賞など受賞歴多数。ヨットマンとして『KAZI』(舵社)などの雑誌に寄稿・執筆、作詞家として加山雄三氏に「地球をセーリング」を提供。大学やカルチャー・センターで年間50回を超える美術をテーマとした講演をこなす。近著に『東京の名画散歩~印象派と琳派がわかれば絵画が分かる』(舵社)。美術と建築のメルマガ「岩佐倫太郎ニューズレター」は全国に多くのファンをもつ。

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