2024年04月25日( 木 )

困った老人たち(前)

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大さんのシニアリポート第111回

 主催する「サロン幸福亭ぐるり」(以下、「ぐるり」)には、極端に自分本位な考え方をする常連客がいる。「他人に迷惑をかけないのが私の心情」といいながら、行動の大半が迷惑をかけていることに気づかない。自分の考え方を一方的に押しつける高齢者もいる。車椅子の来亭者に対して、「ここは障がい者が来るところじゃないの」と平然といい切る強者もいる。「近い将来にはあなたも車椅子を使う障がい者になるの」と注意しても、「私は車椅子の世話にはならない」と自信満々。とくに常連のM子はことのほか身勝手な方だ。しばらくお付き合い願います。

サロン幸福亭ぐるり マッスル倶楽部 イメージ    「ぐるり」の本年度の目標は、「金(きん)より筋(きん)」とした。今さら金の亡者になっても遅い。それより筋力をつけることは年齢とは無関係に可能である。日常生活における高齢者の弱点は転びやすくなること。骨折することも少なくない。先日も大学時代の友人から電話があった。大腿骨を骨折したという。公園にあるテーブルに可憐に咲く花を無理な体勢で撮影しようとして落下。そのまま救急車で運ばれ即手術。ようやくリハビリで少し歩行できるようになったので電話をしたという。「昔のイメージのようにはいかないな」と電話の向こうで笑った。

 「ぐるり」の困った婆さんは最強だ。筋力アップのために「マッスル倶楽部」を創設し、M子も参加した。でも、気分屋のM子は気が向かないと参加しない。さらに、コロナ禍で外出を控え、家にこもりっきりの生活を強いられたため、買い物以外は外に出ない。つまり歩かないので足腰が弱る。M子は肝心の食事に興味を示さない。「サプリを飲んでいるから問題ない」と強気なのだ。「サプリは文字通り栄養補助食品だ。食事をすることが基本」といっても、わざとサプリメントの横文字の名前をスラスラと並べる。生活困窮者に対して支給された10万円のうち、8万円をサプリの購入費に充てたことを自慢げに話す。言い方がかわいくないのである。

 M子はもともと見事なO脚なのだが、歩行不足でますます丸くなった。両足とも極端な外反母趾。加えて象のように太く、歩行にも支障を来す。見かねた常連のIさんがM子を靴店に連れて行き、外反母趾用の靴を勧めた。さらに象足を心配したIさんが、渋るM子を急かして病院に付き添った。

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 診察した医師からとんでもない言葉が飛び出したのだ。「M子さん、あなたの足より右手の甲にある筋のほうが問題だ。このまま放っておくと右手が動かなくなるよ」という診察。つまり、右手が動きにくくなっているのは、すでに筋が2本切れているからで、このままにしておくと残りの3本の筋も切れ、完全に右手の指が動かなくなるという。ところが問題はここからだった。

 診察を受けた病院では、外科の設備も専門の医師も不在で手術ができない。関連する病院で手術が可能だという。ところが病院のある場所が遠く、歩行に難のあるM子1人では無理な話。そこで懇意にしている社会福祉協議会のソーシャルワーカーに相談した。顔の広い彼は比較的近い病院と連絡を取り、受診の了解を取り付けてくれた。しかし、M子には足がない。そこで私がマッスル体操のトレーナーに話をつけ、車を出してもらうことになった。受診当日、トレーナー氏の妻も同伴。

 結果は手術可能だが、血圧が異常に高いのが問題とされた。手の甲の手術なのだが、全身麻酔だという。血圧を正常値まで下げないと麻酔を打つことができない。M子は血圧が高いことは自覚しており、医者から降圧剤を処方されているにもかかわらず、定期的に受診することを嫌がり、最近では降圧剤を服用していないとのこと。血圧を下げることを条件に手術することに決定。手術日と入院の約束も取り付けた。

(つづく)


<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』(同)など。

(第110回・後)
(第111回・後)

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