2024年04月20日( 土 )

古森義久「安倍晋三氏と日本、そして世界」~追悼セミナー(6)

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 今回は8月1日号、古森義久産経新聞ワシントン駐在客員特派員による「安倍晋三氏と日本、そして世界」を紹介。

アメリカ側での安倍評価の急上昇

 その後、安倍さんのアメリカでの評価は少しずつ少しずつ変わっていきました。彼自身も何回もワシントンにいってアメリカの議会で戦後70年の談話を発表した。日本の民主主義を強調し、対米協調路線を明示して、戦争についても単に謝るという態度はもうみせなかった。安倍氏の英語はかなり上手です。流暢ではないけれども、自分で英語で話すときは事前に十二分の準備をして、本当に一生懸命に話します。普通の英米のネイティブの人たちに良く通じる英語です。議会の合同会議で語った戦後70年談話は歴代の日本の首相の同じような談話と違って戦前の日本が全部悪かったというようなことはもう一切言わなかった。それからもう謝ることはもうこれで終わりにしようと。日米両国は全力で戦い、アメリカが勝ったのだ、という素直な総括を示しました。だからもう決着はついているのだ、というような表現でした。この率直なメッセージは意外なほどアメリカ側で好感を招きました。その種の前向きな安倍氏への反応はどんどん広がっていきました。

 時代を少し前に戻しますが、安倍氏は2007年に体調を悪くして総理大臣を辞めるわけです。そして野党の領袖となる。実はアメリカでの安倍晋三評というのが大きく変わり始めたのは、この安倍氏の在野時代からだったのです。安倍さんが野党の代表としてアメリカへ行っていろいろな人と話す。アメリカ側ではちょうど二代目ブッシュ政権の時ですけども、まず保守派の人たちが安倍氏のよいところをみて、民主主義そして日米同盟という共通項によって共存していくよきパートナーは安倍晋三なのだという認識を明らかに深めていきました。政権の座にいない安倍晋三を快く丁重に迎えてくれたのです。

 二代目ブッシュ政権にいたチェイニー副大統領とかラムズフェルド国防長官とか、民間ではハドソン研究所のワインシュタインという所長、彼はトランプ大統領に次の駐日大使に任命されたけれども大統領選挙でトランプ氏が負けたため実現しませんでした。しかしそうした要人たちが、在野の安倍さんを招いて非常に丁重に扱うということが何度もありました。そうした共和党側に多かった安倍氏への高い評価や温かいもてなし、さらには安倍氏自身のワシントンでのアメリカ一般への語りかけが、アメリカ官民で好感の輪を広げ、民主党側にも波及していきました。その間、日本では民主党政権の鳩山由紀夫首相らが米側の民主党オバマ政権を失望させる言動を重ねたことも在野の安倍晋三評価を米側で高める要因の一端になったといえます。

安倍氏の「自由で開かれたインド太平洋」がアメリカの主要政策に

 安倍晋三氏が国際的にはっきりと評価を上げたのは、彼がほかの諸国の誰よりも早く説いたインド太平洋構想です。この構想は安倍氏自身の説明によると、日本と中国との緊迫した状態を、側面からあるいはもっと高い次元から変えようというような発想で打ち出したそうです。この点は今年4月の私との対談でも彼自身、はっきりと述べていました。

 安倍氏は実際に、2つの海、つまり太平洋とインド洋はやはり2つ一緒に考えるべきだということを2006年から主張していました。最終的には2016年のアフリカでの経済開発関連の国際会議で明確に「自由で開かれたインド太平洋」という表現を使い、その構想を国際的に公表したわけです。

 この「自由で開かれた」という部分に、中国に対するかなり露骨なメッセージが入っています。中国が一帯一路とか、その他のインフラ構想で国際的な膨張に努めているが、その内容は自由でも開かれてもいない、という意味を込めて、自由で開かれたと言ったわけです。トランプ政権がこれはいいということで、中国の独裁制や排他的慣行を非難するときの材料に使い始めました。そのトランプ政権を一貫して非難をしてきたバイデン政権が登場したときに、どうするかな、と私は興味津々に考察していました。バイデン政権には前のトランプ政権がやったことはほとんど全部排除していくという傾向があったのですが、結局バイデン政権もトランプ政権と同じ「自由で開かれたインド太平洋」という安倍さんが言い始めた言葉を使って現在に至っています。

 中国に対してインド太平洋へと地理的に広げる地政学的において、インドという存在に焦点を当てる。インドは非常に微妙な存在だけれども中国に対しての警戒とか不信がものすごく強い。それを引き込んでとくに中国への加重の圧力とする。そんな総合的な戦略をプッシュしていくという部分がアメリカ側にすごくアピールしたようです。ちょうどオバマ政権の終わりから、中国がどうしてもアメリカにとってはこれほぼ敵視せざるを得ない存在となりました。その結果、トランプ政権になって歴代政権がずっと一貫してとってきた中国に対する関与政策というのは間違っていたという宣言が出された。中国に向かっての対決対立の政策になった。バイデン政権もほぼそれと同じ政策をとっています。ただしところどころに穴ぼこがあります。中国とはやはり協調しなければ、仲良くしなければいけない部分もあるのだと、中国に対する「まだら外交」もバイデン政権の特徴ではあります。しかしいずれにしても安倍晋三という人物のインプットはバイデン政権にもはっきりとうかがえるのです。

(つづく)

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