2024年07月26日( 金 )

緊張が高まる台湾情勢 日本企業の動向

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国際政治学者 和田 大樹

台湾 ビジネス街 イメージ    昨年8月はじめ、米国ナンバー3ともいわれるペロシ前米下院議長が訪台してからちょうど1年が過ぎた。1年前、ペロシ訪台を強くけん制してきた中国は反発し、台湾本島を包囲するように北部や南部、東部の海空域で前例のない規模の軍事演習を実施した。大陸側からは台湾周辺海域に複数のミサイルを撃ち込み、一部は日本の排他的経済水域に落下した。あれから1年間、同規模の軍事的威嚇は行われていないものの、中国・習近平政権は台湾統一をノルマに掲げ、台湾周辺の米中軍事バランスは中国優位に傾きつつあり、予断を許さない状況が続いている。

 今後の最大のポイントは、来年1月に行われる台湾総統選挙である。蔡英文政権の政策を継承する指導者が生まれるのか、中国との関係を重視するリーダーが選ばれるのかによって、その後の4年間の情勢は大きく変わってくる。中国は選挙の行方を注視しており、今年は侵攻などの決断は下さないだろう。しかし、蔡英文政権の後継者が誕生すれば、その後の対中政策にもよるが、中国側の圧力はいっそう増してくることと思われる。

 このような先行き不安な情勢のなか、台湾に進出している日本企業はどのような動きを見せているか。先に結論を述べておくなら、筆者の周辺には今のところ、台湾から撤退を開始する、台湾との取引を止めるといった企業は、大企業・中小企業を問わずない。日本企業にとって台湾市場は極めて重要で、先端半導体など代替手段がないという事情もあり、リスクがいまだに現実のものとして見えないうちに台湾をあきらめる企業はないようだ。

 しかし、企業側の考えは明らかにこれまでとは違ってきていると、肌で実感している。おそらく、企業はこれまで朝鮮有事やチャイナリスクを考える機会はあっただろうが、台湾で政治リスクを考えることはなかったのではなかろうか。これも企業規模を問わずいえることなのだが、台湾に進出している日本企業の間では、いま、どのタイミングになったら駐在員や帯同家族を日本に帰国させるか、真剣に検討する動きが広がっている。

 それも、一歩早い段階で帰国させようとする動きが顕著にみられる。中国による台湾侵攻が現実のものとなった場合、海に囲まれる台湾からの避難の困難さは、ロシアのウクライナ侵攻の際の比ではない。武力行使の段階で、唯一の安全な退避手段である民間航空機の運航がストップすれば、即篭城の身になるからである。

 この“一歩早い段階”とはいつか、ということが難しいのだが、企業の間では、偶発的な軍事衝突、昨年8月のような中国による大規模軍事演習、台湾離島への侵攻などを1つのトリガーとして定め、それを駐在員や帯同家族を帰国させるタイミングにしようという企業もある。そういった企業に対するアドバイス活動に従事している筆者のみるところ、企業側には「リスクがあるので帰国させたが、避難コストだけかかって結局何も起こらなかった」でもOKとする考えがあるように感じている。

 台湾からの退避を本格的に検討する企業は、数としては決して多いわけではない。しかし、「関係先企業が動いているから我が社もこれから検討する」「経営幹部にこの問題を投げる」など、台湾有事を想定した危機管理体制を強化しようという動きは企業の間で広がってきている。今後もますます広がっていくにちがいないと、現場で仕事をしていて筆者は感じている。


<プロフィール>
和田 大樹
(わだ・だいじゅ)
清和大学講師、岐阜女子大学特別研究員のほか、都内コンサルティング会社でアドバイザーを務める。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、企業の安全保障、地政学リスクなど。共著に『2021年パワーポリティクスの時代―日本の外交・安全保障をどう動かすか』、『2020年生き残りの戦略―世界はこう動く』、『技術が変える戦争と平和』、『テロ、誘拐、脅迫 海外リスクの実態と対策』など。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会など。
▼詳しい研究プロフィールはこちら
和田 大樹 (Daiju Wada) - マイポータル - researchmap

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