2024年05月06日( 月 )

建築物「垂直と水平」の魔物【後編】(4)

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 アメリカの映画で出てくるような郊外のファミリーの間取りでは、小さな子どもに大きな個室を与えている家庭のシーンが多くある。彼らは子どものころから自立心が高く、公共性を早く身につけようとし、社会に対して自分の意見を発言するという意識を持つ国民性だ。日本人がもっている自立心と社会性の違いが、如実に表れている。

オーナーシップを取り戻せ!

オーナーシップを取り戻せ! pixabay
オーナーシップを取り戻せ! pixabay

    住宅ローンで縛り付ければ、国民は保守化して国家に対して不満を言い出さない。「住宅ローン」を開発し、運用し始めたアメリカにはそのような強い動機が背景にあった。そしてそれを優等生的に模倣し、推進したのが日本だったのだ。庶民に住宅購入という夢を抱かせ家をつくらせるということは、国家にとって経済の浮揚に直結するし、浮揚した経済の維持にもつながるシステムだった。住宅ローンという魔法をかければ、人々を「サラリーマン」という名の高等な奴隷にすることだってできる。「家をもって、永遠の幸せを手に入れる」という庶民の夢は、こうやって戦後日本に移植されたアメリカ流資本主義の根幹のシステムに組み込まれて日本経済を支えた。

 住宅づくりを個人や民間企業に委ね、ある意味では住宅という個人を育む場所の政策を放棄した。国としての骨太な住環境思想をもたない日本の空間情勢は、無秩序の上に無法地帯と化して、日本人の精神を分散、混乱させている。今、そのツケが回ってきている。長期にわたったサラリーマン体質によって、「オーナーシップ(当事者意識)」が欠如してきている。

 公共性や社会性の希薄さが、「大人の引きこもり」や「実家への強依存」というかたちでも表れてきている。自分自身の人生にオーナーシップを取り戻すことが、社会性を取り戻すヒントとはなり得ないだろうか。福澤諭吉はかつて指摘した。“西洋にあって東洋になきものは、有形において“数理学(統計学のこと)”と無形において“独立心”の2点である。/福翁自伝“(vol.59号・23年4月末発刊/”新・家族主義“のかたちより)。自立心の乏しい幼少の子どもは、個室のような密室は向いていないのかもしれない。個室にこもれるほどの自制心がまだ宿っていないからだ。現代のようにスマホを手にした子どもが密室に引きこもるのは、さらに警戒が必要だ。

リノベで創造的空間へ

 個室の魔力に魅せられてきた20世紀。日本は欧米の背中を追いかけた。時を経て成熟期へ突入したこれからの日本では、西洋化に塗り替えられた住まい方、社会環境を、今こそ“国民性に合った日本独自の進化に戻す”、そんなグランドデザインが欲しいところだ。

 現代の居住環境は多様化している。iPhoneの機種変更のサイクルがどんどん加速しているなかで、“もうついていけない”と感じたことのある人は多いのではないだろうか。変化の激しい現代のなかで、テクノロジーの進化はすさまじい。新しく買ったものは、すぐに古くなってしまう。そんな社会では、あえてつくらない、所有しないという選択もある。

住まいのサブスクADDressの多拠点生活 ADDress公式HPより引用
住まいのサブスクADDressの多拠点生活
ADDress公式HPより引用

 “所有”ではなく“使用”に切り替える「シェアリング」という発想。たとえばサブスクによる多拠点居住、ホテルの定額居住、コミュニティ付きシェアハウス…。空き家に手を入れて住むのも良いだろう。さまざまな居住形態が今の社会には用意されている。古き良き雰囲気は残しながらも、自分に合った価値へ転嫁する「リノベーション」もその1つだ。良いところは残し、良いものは使い、古くなったものは根本的に取り換え、自分の暮らしに合った間取りを創造して価値をつなぐ。日本人の性質に合った、新しい間取りの開発をするための空間政策と、住む人のことを想ってくれる善意ある助言とアイデアを手に入れ、その空間と人生のオーナーシップを自分の手のうちに取り戻してほしい。リノベーションは、生活の基礎を変えていく効力があると思う。主体的にその価値を手に入れようとする「リノベ」という行為を、積極的に楽しんでみてほしい。

たとえば50~60年前の古い間取りは、
リノベーションをしてみる

  • 玄関周りに洗面・手洗い場所を設置することは、感染症予防の環境整備として多く取り入れられている。
  • 外と内の中間である「土間」を多用する。
  • 水廻りとWIC(ウォークインクローゼット)を近づける間取りにし、洗濯→乾燥→アイロン→収納までの家事動線の創造。
  • 在宅・リモートワークのための、サテライトオフィス機能を。
  • SNS対応の写真・動画発信ができる撮影専用の座席を。
  • 家族全員の収納をまとめたフィッティングルーム兼ファミリーWICを。
  • 個室を限りなくコンパクトにまとめ、家族全員がゆったり集まれる場所を。
  • いろいろなデバイスを自由に使って過ごせるサロンのようなリビングを。
  • ダイニングテーブルを組み込んだカウンター式キッチンで、子どもの宿題を見ながら料理ができる空間を。
  • 子どもの勉強も、大人のネットサーフィンも、一緒に横並びで机に向かえるファミリーのための「スタディルーム」を。
  • 書棚には家族全員の愛読本が収納できるような「ファミリーライブラリー」を。
  • 暮らしのリズムを変えるための「第2のリビング」…早朝ヨガ、読書、寝る前のリラックス時間、ホテル客室のソファ席のような使い方で、リビングとは違った大人の“整える場所”の設置。

(了)


松岡 秀樹 氏<プロフィール>
松岡 秀樹
(まつおか・ひでき)
インテリアデザイナー/ディレクター
1978年、山口県生まれ。大学の建築学科を卒業後、店舗設計・商品開発・ブランディングを通して商業デザインを学ぶ。大手内装設計施工会社で全国の商業施設の店舗デザインを手がけ、現在は住空間デザインを中心に福岡市で活動中。メインテーマは「教育」「デザイン」「ビジネス」。21年12月には丹青社が主催する「次世代アイデアコンテスト2021」で最優秀賞を受賞した。

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