2024年05月06日( 月 )

建築物「垂直と水平」の魔物【後編】(3)

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 アメリカの映画で出てくるような郊外のファミリーの間取りでは、小さな子どもに大きな個室を与えている家庭のシーンが多くある。彼らは子どものころから自立心が高く、公共性を早く身につけようとし、社会に対して自分の意見を発言するという意識を持つ国民性だ。日本人がもっている自立心と社会性の違いが、如実に表れている。

日本が荒れてきている?

日本の国が荒れてきている? pixabay
日本の国が荒れてきている? pixabay

    日本人の約40%は、“傷を負った”もしくは“戦力外とみなされた他者”のことを村八分にして排除する傾向にあるといわれる。その他の国(先進国も発展途上国も)では、おおよそ10%程度。つまり90%の人たちは、そのような状況に陥った人を助けるのだという。自分で生きていけない人を包摂的に群れて、助けを差し伸べようと考えるのが進化論的で合理的なバランスだが、「自力で生きていけない人は見捨ててもしょうがない」と考える割合は、世界で日本が一番高いとされている。過剰な誹謗中傷、行き過ぎたバッシングなどもその類に入るだろう。「自分は多少犠牲になっても構わない」「社会のために」「家族のために」といった利他の精神は、日本人から消えていってしまったのだろうか。ボランティアへの参加率が低い、募金の金額が世界的にみても小さいという寄付文化の遅れも、それに関連していそうだ。

 海外で公的な補償が手厚い背景には、犯罪が起きた責任の一端は国にあり、被害者は国民全体で支えるべきだという考え方がある(補償・給付金に対する人口1人あたりの負担額はイギリス354円、フランス742円、ドイツ592円、日本6円)。日本の場合、犯罪の責任は加害者にあり、国はあくまで見舞金として給付するかたちとなっているという(「新あすの会」調べ)。賄賂や汚職、悪事が明るみに出ても何も変わらないし、変えようという意識も芽生えない。それを国民全体(とくに若い人たち)が看過してしまっている状況だともいえる。社会の劣化、民意の劣化を指摘する有識者の声もある。

 ヨーロッパやアメリカでは、制度を変えると社会は良くなっていくと考えられるが、日本は制度を変えても良くならないと考えられている。日本には社会(パブリック)という概念がないからだという。自分の身の回りの属性、半径1m程度のことしか考えられない、と。昔は地域共同体があった。公共性(社会性)があった。何かあれば地域社会が人を助け、子どもを育てた。悪いことを正す風潮があった。また叱る大人もいた。それが今では、「日本人には社会という概念がない」「共助の精神がない」「宗教的信仰心」や「善悪に成る哲学」もないといわれる。

 ではなぜ、日本人の精神はこのような変化を遂げてしまったのだろうか。ここの価値観を正さなければ、日本人はみんなで幸せになれるステージに行けないのではないだろうか。

パンドラの箱を開けた、日本

パンドラの箱を開けた、日本 pixabay
パンドラの箱を開けた、日本 pixabay

    中国では、企業が開発した土地に建売住宅群やマンションをつくり、所有権の分譲を行っている。中国の所有権とは土地ではなく「上物」の権利のことで、中国人はそれを一種の私有権と受け取っている。日本の戸建のように、個人が自分でデザインして家を建てるということは中国の仕組みでは存在しない。中国で家を建てられるのは企業であり、庶民にとって不動産の自由、つまり住む場所の自由はいまだに与えられていない。土地の利用が許可制だということで、役人の権威と役得を守り、ひいては国家体制の維持に結び付けている。

 イギリスでは土地の私有は可能だが、価値の高い土地を広く所有しているのは女王をはじめ王族や貴族の人たちだ。オランダでは基本的には国が公共住宅を建て、それを安い家賃で貸すというシステムをずっと続けていたが、最近になってついに企業にマンションをつくらせて、それを分譲してもいいというシステムに変わった。

 庶民に土地や家の所有を許す政策は、ある意味で「パンドラの箱」。国家がいよいよ困り、財政破綻が見えて、最後の手段としてそのパンドラの箱は開けられる。しかし日本は、その「パンドラの箱」を戦後すぐに、その危険を顧みることなく開けた。箱を開けただけでなく、扇状地だろうが崖地だろうが川沿いであろうが、家を建てたいという業者がいればどんどん許可して、宅地事業で経済を回していったのだ。そのツケは、「空き家問題」として私たちの目の前に具現化している。  

(つづく)


松岡 秀樹 氏<プロフィール>
松岡 秀樹
(まつおか・ひでき)
インテリアデザイナー/ディレクター
1978年、山口県生まれ。大学の建築学科を卒業後、店舗設計・商品開発・ブランディングを通して商業デザインを学ぶ。大手内装設計施工会社で全国の商業施設の店舗デザインを手がけ、現在は住空間デザインを中心に福岡市で活動中。メインテーマは「教育」「デザイン」「ビジネス」。21年12月には丹青社が主催する「次世代アイデアコンテスト2021」で最優秀賞を受賞した。

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