2024年05月04日( 土 )

福岡も直面する人口減少下のアーバンデザイン(前)

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九州大学 大学院 人間環境学研究院
都市・建築学部門
教授 黒瀬 武史 氏

九州大学 大学院 人間環境学研究院 都市・建築学部門 教授 黒瀬武史 氏

人口減少都市で進む
土地の価値観の転換

 ──国内外のさまざまな都市で人口減が顕著になっていますが、そうした都市では、どのような対策を講じていくべきでしょうか。

 黒瀬 「人口減だから、こうしたほうが良い」──というような、全世界で共通の対応策があるわけではありません。しかし、基本的には人口が減るにつれて、市街地における住宅やオフィスの需要、つまり開発の原動力となる新しい床に対する需要が小さくなることが予想されます。国も、立地適正化計画など、密度を維持するために市街地をコンパクトにする取り組みを進めています。ただし、概念的にはそれが正しい方向だと理解していただけても、いざ実践しようとすると難しい。たとえば、今までは市街化区域として「ここに住むのはおすすめですよ」「開発を促進します」と定めてきた地区を、ある日突然「これからは開発できません」と方針転換するのは、短期間では非常に難しいと思います。市街化区域から市街化調整区域に変更することを専門家の間では “逆線引き”と呼んでいます。福岡県内では北九州市の取り組みが知られていますが、なかなかうまくいっていません。市街地のコンパクト化をどう取り組むべきかというのは、大きな課題です。

 少し極端な事例ですが、米国・デトロイト市の事例を紹介します。同市は、最盛期の1950年には約185万人だった人口が、今では約63万人と、3分の1くらいにまで減っています。すると、実際にどういうことが起きるかというと、人口減で需要がなくなった土地や建物がそのまま放棄され、所有者は土地・建物の固定資産税を滞納するようになりました。税滞納された不動産は市が差し押さえた結果、市が大量の空き地や空き家を抱える、という状況が生まれました(最盛期には約10万区画を所有)。そこで市は、市所有の空き地の隣に住んでいる人に、1区画100ドルという格安で土地を譲るという施策を始めました。

 なぜデトロイト市がこれだけの安価で土地の売却に踏み切ったかというと、市が大量の空き地を管理するよりも市民に譲渡したほうが、(1)空き地の管理費が不要になる、(2)その土地の固定資産税を納めてもらえる、という2つの利点があるからです。市が抱えればただの空き地ですが、誰かが使えばそこで新たな価値を生むことができます。この取り組みは比較的うまくいっていて、市民は複数区画の隣接地を取得し、1区画は家庭菜園に、別の区画は駐車場やドッグランに、といった具合で、自分なりの新しい暮らしの在り方へとさまざまに活用されているようです。人口密度が低くなることや、空いている土地を安く使えることを楽しむという文化が芽生え始めています。人口が減ると、多様な土地の楽しみ方とかまちの楽しみ方ができるようになる可能性があることを、ポジティブに捉えてもいいのではないかと思っています。

隣地を菜園として活用する空き地が多い地区の住宅(デトロイト市・黒瀬撮影)
隣地を菜園として活用する空き地が多い地区の住宅
(デトロイト市・黒瀬撮影)

 これからは、まちづくりにおいて、土地を所有している人だけでなく、土地を使ってくれる人を大切にするという価値観の時代へと変わっていく可能性もあります。人口が減った地区においては、使ってくれる方にタダでもいいから土地を貸し、良い状態を保ってもらう──さらにいえば、補助金を払ってでも誰かに土地を有効活用してもらう、そうした逆転の現象が、デトロイトのような都市では起こりつつあります。計画的な市街地の縮小が実際に難しいことを考えると、少々荒療治的ではあるものの、こうした方法が人口減少下にある都市における遊休地活用の、現実的な解決策の1つとなるかもしれません。

無理な市街地拡大を抑制
コンパクトシティ福岡

 ──ここ福岡都市圏は、現在はまだ人口増加のフェーズにありますが、いずれ人口減の状況となっていくことは避けられません。

 黒瀬 日本の都市政策においては、コンパクトシティという、駅の近くなどの街の中心部に商店や住まい、公共施設を集積させ、“歩いて暮らせる街にしましょう”という取り組みが進められています。1990年代末から進められてきた中心市街地活性化の延長線上にある取り組みともいえるでしょう。

 福岡市は、取り組み前から市街地がコンパクトであることが知られていますが、その成り立ちは、過去の水道の供給能力に起因するものと言われています。福岡市は一級河川がなく、水不足に悩まされてきました。そのため、水圧の関係である一定以上の標高の土地の開発を許可してきませんでした。

 その結果、戸建住宅地を建設するような土地の確保が難しくなり、主に中心部での集合住宅の開発が活発となったという経緯があります。福岡市の人口は1970年から2015年にかけて、約80%増加しましたが、市街化区域の面積は、17.8%しか増えていません。結果として福岡市には、広島や北九州のように斜面地まで住宅がスプロール化する事態は生じず、今のような平野部を中心としたコンパクトなエリアに高密度な市街地が生まれました。そうした背景により、住宅地を過度に広げ過ぎずに今に至っていることを、これからの価値観や視点で捉えたときに、積極的に評価してもいいのかな、と思います。

(つづく)

【坂田 憲治】


<プロフィール>
黒瀬 武史
(くろせ・たけふみ)
九州大学 大学院 人間環境学研究院 都市・建築学部門 教授 黒瀬武史 氏1981年、熊本県出身。2004年東京大学工学部都市工学科卒業、06年同大学院修士課程修了。(株)日建設計 都市デザイン室を経て、10年10月から東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻助教(都市デザイン研究室)。16年から九州大学大学院人間環境学研究院都市・建築学部門准教授(工学部建築学科兼担)、21年4月から同教授。専門は都市デザイン・都市計画、そのなかでも工場跡地(ブラウンフィールド)の再生、人口減少都市の再生、都心部の民有公共空間を近年の研究テーマとしている。

(後)

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