2024年05月12日( 日 )

九州の観光産業を考える(13)国宝をおいしく朗らかに喰らう

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初めて橋が国宝に

 9月25日、熊本県山都町の渓谷に架かる石橋「通潤橋」が国宝に指定された。アーチ橋中央部からの豪快な放水は、唯一無二の光景を描いて実にフォトジェニックだ。水路橋である通潤橋は、1960年に国の重要文化財、2008年に重要文化的景観に指定された。日本最大級の石造水路橋として、つとに有名である。1854年の架橋以来、幾多の風雨に堪え、熊本地震や大雨被害も凌ぎ、部分的に傷んだ石積みは元の技法に則った修復を経て、勇壮な放水シーンをまた披露することができるようになっている。国宝指定は、この秋、稲穂の実りと合わせて喜ばしいニュースだ。

見せ場の豪快放水は、なんと水路管の「お通じ」のような意味合いだ(2015年9月撮影)
見せ場の豪快放水は、なんと水路管の
「お通じ」のような意味合いだ
(2015年9月撮影)

 九州内の国宝9例は、そのほとんどが寺社仏閣関連の建物や文物で、橋という土木構造物の国宝指定は日本初である。石積み技術とユニークな通水方式が改めて評価されたのに加え、九州外からも多くの観光客を引き寄せてきた景観美が背を押したのであろう。

 答申につながったのは、次の点だという。

  • 水源に乏しい白糸台地を農業用水で潤すため架け渡された石造アーチ水路橋は「吹上樋」(通水管)を用いた
  • 新田を拓くため、近世最大級の径間のアーチ橋上にサイホン(逆サイホン)の「吹上樋」を据え、近世の灌漑施設としてほかに類例のない独創的な構造を採用した
  • 凝灰岩による石管を据えるため、その重量に耐え、耐震性を高める工夫を、熊本城の石垣を参考とした「鞘石垣(さやいしがき)」などを導入した
  • 橋の企画から完成に至るまで「矢部手永(てなが)」が事業主体として推進し、社会資本整備を主に地域社会が担う近世後期の代表的事例を示した
  • 通潤橋は、九州における近世後期の石造アーチ橋建設をリードした熊本において、試行錯誤の末に生み出されたもので、九州の石橋文化を象徴する

宝の序列

 神さまや超能力者が法力で築いた要害でなく、生身の人間が知恵と技能と資金と労力を結集し築造した土木構造物を国宝に答申してくれた審議会委員には感謝する。…が、まだ評価への視点は足りていないように思う。慧眼と誉めちぎるには、その土木工事を必要とした地域のナラティブ(物語)にもっと光を当て、近代石橋の傑作によって民衆の暮らしがどれほど救済されたかが、語られてこそ。

 国内の観光資源性において、地域なりが認定されて威張れそうなものを並べてみると、こんな序列だろうか。

ユネスコ世界遺産 > 国宝 > 国指定重要文化財 > 国立公園・国定公園 > 重要文化的景観 > ミシュランの星 > 日本遺産 > 県市町村指定文化財 > アニメの聖地 > 食べログの4.0 > 世界農業遺産 > 世界ジオパーク > 日本ジオパーク > 日本三大○○ > 恋人の聖地 > …

 異論はあろうし、書き落としているものもたくさんあるように思う。ただ、現状の姿を思い浮かべてみると、こうした勲章を得たことで、その地、その箇所がはたして芯から光り輝いているのだろうかと訝る。表層ではなく、背後にあるナラティブが適切に発信されているかは、心もとない。

 たしかに、海外の旅行ガイド(SNS発信含む)に紹介されることで、その名は多くの目に触れ、様子がうかがわれ、訪問動機を引き起こし、フォロワー数重視のSNSインフルエンサーに魅力が寸評される。瞬間的に人気を博すところもあれば、評価を定着させ多数の訪問客を息長く呼び込めるところもある。しかし現在、情報伝播の素早さ、旅行手段の簡便化によって、適正キャパを超えた観光客の流入により問題が生じつつある。国内のオーバーツーリズム事象として、京都、鎌倉、富士山がしばしば取り上げられる。海外ではイタリアのベネチアが代表格のように紹介され、危機遺産への登録が危惧される状況ともいわれる。

輝く青の畝

 多くの国宝で、対峙する者がその権威で気圧されるのでも、霊気を感じ帯びることによって心身が蘇生するのでもいい。だが、通潤橋については異相の振る舞い、すなわち白糸台地の賑わいを、風香るナラティブの実装として期待したい。

 日本遺産でいうところのストーリー。通潤橋のこのたびの国宝指定は、土木建造物としてのストーリーだが、別にあるナラティブをないがしろにしてはならない。むしろ、こちらのほうをメインストリームとして、石樋をわたる水流を感じられるコンテンツへと花開いてほしい。それは地域の食との深いつながりを気取らず表現し、地域の人、訪れる人たちへ交流とともに提供することだ。

 通潤橋の水路で見かける魚シビンタ(アブラボテ/タナゴ種)は、清流にしか生息しない。そんなデリケートな川魚が暮らす水が注がれる白糸台地の田んぼ。水を張った白糸台地の田んぼの畝は、陽の光を不思議に青色に跳ね返す。傑作とされる石造アーチ橋がもたらす潤いは、何やら特別な米や野菜、地元の収穫物を提供してくれるように見えてきやしないか。

 棚田ウォーキングを終え、集落の方々がこしらえた宴の品々をともに食し歓談するとき、その味わい体験は通潤橋の土木技術と同じくらい誇り高い逸品になる。

170年前の尽力は、この地にこうしたひとときをもたらす目標があったのだ
170年前の尽力は、この地にこうした
ひとときをもたらす目標があったのだ

<プロフィール>
國谷 恵太
(くにたに・けいた)
1955年、鳥取県米子市出身。(株)オリエンタルランドTDL開発本部・地域開発部勤務の後、経営情報誌「月刊レジャー産業資料」の編集を通じ多様な業種業態を見聞。以降、地域振興事業の基本構想立案、博覧会イベントの企画・制作、観光まちづくり系シンクタンク客員研究員、国交省リゾート整備アドバイザー、地域組織マネジメントなどに携わる。日本スポーツかくれんぼ協会代表。

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