2024年04月28日( 日 )

【伊勢彦信に仕掛けられた破産工作(3)】不可解なオークション出品

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9月14日にサインされたA社の同意書

 こちらにある1通の書面をご覧いただきたい。これは世界のオークション会社の1つとして名高いA社に、オークション出品を委託する同意書である。同意書全体としては15ページある。全体が英文であり、日本語訳は付属していない。1、2ページが本文、4~10ページに対象品目がそれぞれどれくらいの価格で落札が予想されるか、その見積もりがリストとして記され、11~15ページは条件が記されている。

【書面】A社の同意書のサインページ
【書面】A社の同意書のサインページ

 【書面】はそのなかの3ページ目、サインのページである。文面にモザイクをかけているが、サインしているのは3名、オークション会社の担当者、更生会社の管財人(高井章光弁護士)、そして伊勢彦信(以下、伊勢)である。赤い色は管財人と伊勢の押印である。両者がサインした日付は2023年9月14日になっている。管財人がサインしているのは、前回説明した通り、更生会社2社が美術品に対する伊勢の所有権に異議を唱えており、オークションに出品するには伊勢と2社(管財人)との合意が必要だからだ。

 次に画像中の左の赤丸をご覧いただきたい。2カ所にホチキスの穴が開いている。つまり、このサインページは外されているのである。いつの時点で外されたものかは分からない。

 ただし、サインをした伊勢本人によれば、冊子ではなく1枚紙に対してサインをしたと証言している。当該同意書はすべて英文であり、英語ができない伊勢は同意書の中身を知るには内容を説明してもらわなくてはならない。だが本人はその説明を受けてもおらず、A社のオークションの同意書であると知らないままサインをしている。もちろん伊勢は知らない人間から1枚紙を差し出されてサインなどするはずはない。それなりに本来信用すべき人物から紙にサインを求められたのである。

 伊勢はオークションへの美術品出品について素人ではない。自身の美術品がいかに価値あるものであり、それだけの美術品が売買、あるいはオークションにかけられる場合は通常どのような手続きを経るものか、30年超の経験で知っている。まさか1枚のペラ紙のサインで、自身の美術品がオークションにかけられるとは、同意するはずもなければ、夢にも思っていなかったのである。

9月8日付のB社の見積もりとの比較

 実は、A社の同意書の契約日となっている9月14日の数日前、伊勢は別のオークション会社(B社)から見積もり(23年9月8日付)を提示されていた。

 【表】で2社が見積もり提示した金額を品目ごとに比較してみる。青セルは他社より高い見積額、赤は安い額、黄色は同額である。

【表】オークション会社2社が提示した見積もり比較

 ミロとパスキンのみA社の見積もりが高く、8品目はB社が高く、4品目は同額、モネのみ最低見積は同額で最高額はB社が高い。なかでも最も高額な落札が見込まれる作品の1つであるシャガールは、2.5倍超の見積差額となっており、A社の最高見積額はB社の最低見積額にも満たない。

 最低見積もりを合計した場合の2社の差額は1,800万ドル超、日本円にして27億円超(1ドル=150円、以下同)あり、最高見積もりの合計差額は4,200万ドル超、日本円にして63億円超である。

 一見してB社で出品した方が有利と分かる見積もり差となっており、すでにB社の見積もりを見ていた伊勢が、それよりも明らかに見積もりの安いA社へのオークション出品に同意することは考えられない。

勝手に移動されていた美術品

 伊勢が、自分の美術品がオークションに出品されていることを知ったのは10月だった。香港の友人からの電話でそれを知り仰天したのである。

 前回説明した通り、美術品の所有権には争いがあるため、所有権の確定前に権利譲渡などを行うには、更生会社の管財人と伊勢の間で合意が必要である旨取り決めがあると説明した。さらに合意書のなかでは同時に、展示などにともなう美術品の移動に際しても双方の合意が必要と取り決められている。また、一部の美術品については、管財人と伊勢が合意した倉庫にて保管することも取り決められている。

 しかし、香港の友人から報告を受けた美術品は、伊勢の同意がまったくないままに、倉庫から運び出され香港に移送されて、オークションに出品されていたのである。

オークションに出品された美術品の1つ
マルク・シャガール『町の上で』1924

(つづく)

【寺村 朋輝】

(前)

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