2024年04月29日( 月 )

家事の伝承と「家」を考える(4)

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 かつて「家事のさしすせそ」という言葉があった。裁縫・しつけ・炊事・洗濯・掃除の頭文字を並べて家事の教えとしたものだ。家事の内容は時代や環境によって変わってきているが、炊事・洗濯・掃除は必要不可欠な生活の基本として、今も家事の中心に君臨し続けている。そんな家事にまつわる私たちの暮らしぶりを、少し紐解いてみたい。“家事”を観察することで、いかに今の生活が恵まれているのか、“家のこと”がよく見えてくるはずだ。

家のことを知らない日本人

 炊事という言葉をほぼ死語にした決定打は、コンビニエンスストアだろう。24時間営業という業態もさることながら、おにぎり、弁当、惣菜、おでんといった典型的な家庭料理を商品化した点が画期的だった。食生活の合理化、効率化、サービス化、外部化が進行する一方で、メディアによって食の情報化も進んだ。バブル時代にはレストランを食べ歩くグルメブーム、バブル崩壊後は手の込んだ料理を家でつくり、ホームパーティを催すのが流行りとなった。料理研究家は「カリスマ主婦」と呼ばれ、義務・責任の炊事は、趣味・楽しみの料理と捉えられ、食は自分流のライフスタイルをつくりながら、知的で高等的な嗜みとしてもてはやされるようになったのだ。

家のことを知らない日本人 photoAC
家のことを知らない日本人 photoAC

    私たち日本人は、家のことを義務教育として一度も習わない。これは先進国で日本だけだ。義務教育期間中の家庭科の単元のなか(中学2年あたりか)で、台所のことと整理整頓を少し習うようだが、ほとんど教わった記憶がない。北欧には小学校の高学年と中学の低学年に広く読まれているという建築の教科書がある。子どもが読者だから全部漫画で描いてあるようだが、図面の読み方、描き方、家具の種類、電気のコンセントなど、いろいろなことが載っている。そうした知識の延長上に環境の話もあり、「調和の取れた街に住みたいですね」と都市の話を皆で共有する機会があるのだ。

 世界的にも、高校に入ると女子はインテリア・コーディネーション、色をそろえること、モノを並べること、家具を置くこと、照明とは、カーテンとは、ということを習うようだ。男子は家の修理、ペンキの塗り方、電気器具の修理の仕方、主にハウス・メンテナンスに関してのことを習う。男女の差は別にしても、これだけちゃんとした教育を世界ではしているのに、日本だけがまったくしていない。

 我々は自らのなかに根付く「家事論」のような哲学はなく、その時代ごとの製品やサービスに翻弄されていくばかりだ。新しい製品が発売されればそれを手に入れ、変わったサービスが生まれれば試してみる。まるで企業の宣伝に踊らされ、右往左往しているようだ。そして戦闘訓練ゼロでまったく知識のないまま、女性を最前線に立たせて、「さあ家を建てよう」となるのだから、ほとんど企業や産業界の言いなりでことが進んでしまっても不思議はない。

家事の伝承は途絶えるのか

 工業製品が溢れ、規格化されたもので固められた家のなかで、自らが紡ぎ出したものや伝統を継承できるものは残っているだろうか。人づてに教わり、また次の世代につないでいける慣習は大事にできているだろうか。古いものは壊して捨ててしまえば、そのうちに忘れてしまう。新しいものに囲まれたきれいな生活は少し味気なく、便利で退屈だ。不便さのなかに、もしかすると忘れてはならない大切な記憶、文化が残ってはいないだろうか。

 高度経済成長期、もしくはその後の低成長期に育った世代が、平成になって子育てを始めているが、そのとき見本にしたのは、昭和の後半に家事に手をかけていた「母親たちの姿」だ。平成の初め、家事や子育てとの両立が困難だと退職した女性たちが大勢いた。それは夫たちの家事参加があてにできなかっただけではなく、母親の姿から家事に手間をかけるべきだと刷り込まれていた慣習ゴトでもあったのだろう。では、その次の世代は大丈夫か。

 田舎に行けばまだその土地、その家の伝承された家事の動線を見ることができるが、新興住宅街など、ほとんど同じ製品でかたちづくられてきている。家が、街が、新しい工業製品で塗り替えられてきている。台所が汚れるのを恐れて調理をしなくなった人がいる、地域に根差した伝承的食生活とシステムキッチンのミスマッチ、不釣り合いや不具合もあるだろう。暮らし方は千差万別なのに、どの台所もワンパターン化していくのも気になる。かつてそれぞれの手が、家が、育て上げた伝承型家事の体系は、欧米型の合理的生活志向にすっかり駆逐されてしまったようだ。

 今や家事は自分たちの手から離れて社会に委ねられ、外注が日常茶飯事となった。外注化はたしかに労力や時間を省くし、楽だし、誰もが同じ質の家事サービスを受けることができる。反面、家事が細ると、人の、家族の、地域の、国の、それぞれの独自の文化が痩せるのではないかと気にもなる。家事は二律背反の不思議な面があるのだろう。昔の子どもは、家事の手伝いをするのが当たり前だったが、今の子どもは家事をしなくて済む代わりに、家族と苦労を分かち合う機会が失われているのかもしれない。家事の伝承と一緒に、記憶の継承も図っていかなければならないのではと、そんなことも考えてしまう。

家事の伝承は途絶えるのか
若林邸 © 村上市
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示4.0 国際)https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/

(了)


松岡 秀樹 氏<プロフィール>
松岡 秀樹
(まつおか・ひでき)
インテリアデザイナー/ディレクター
1978年、山口県生まれ。大学の建築学科を卒業後、店舗設計・商品開発・ブランディングを通して商業デザインを学ぶ。大手内装設計施工会社で全国の商業施設の店舗デザインを手がけ、現在は住空間デザインを中心に福岡市で活動中。メインテーマは「教育」「デザイン」「ビジネス」。21年12月には丹青社が主催する「次世代アイデアコンテスト2021」で最優秀賞を受賞した。

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