アンモニア燃料の可能性(中)
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運輸評論家 堀内 重人
日本政府が2050年カーボンニュートラルを宣言した。それを受け、海運業界も従来のA重油やC重油、天然ガス(LNG)から「アンモニア」という新しい燃料へ転換せざるを得なくなっている。日本郵船が先陣を切って、アンモニアを燃料としたアンモニア輸送船の建造を行い、2026年に就航を予定しているが、アンモニア燃料を使用した船舶には課題も山積している。本稿ではアンモニアを燃料とした船舶の将来性と課題について述べる。
アンモニアの将来的な需要予測
アンモニアの海上輸送の需要は、国内外で急拡大するとされており、将来的にはアンモニアの国内需要は2030年に年間300万トン、2050年には同3,000万トンにまで急拡大すると見込まれている。
需要に比例して、アンモニアの海上輸送の量も増加すると、日本郵船の曽我社長は考えているという。こうした点からも、燃焼してもCO2を排出しないアンモニアを燃料とする船舶を実用化することは、世界的なネットゼロエミッション達成に向けた大きな一歩と言える。
従来のアンモニアの工業的用途は、硫酸と化合させて「硫安」という化学肥料などを製造する際の原料であったが、今後は火力発電における混焼用途や水素を輸送する際の安全性を担保するための手段として、活用が見込まれている。
日本では、国内最大の発電所であるJERAが、石炭を使用して発電を行っている碧南(へきなん)火力発電所の燃料を、重油や天然ガスではなく、アンモニアへ転換する取り組みを行っている。またIHIが、アンモニアを専門に燃焼させるガスタービンの開発を行っており、火力も安定している。それゆえアンモニアによる発電が普及すれば、大量の需要が生まれる可能性がある。
CO2のゼロエミッション化に向けて
アンモニア燃料によるアンモニア輸送船の開発は、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のグリーンイノベーション基金事業である「次世代船舶の開発」プロジェクトの一環として進められている。
アンモニア燃料によるアンモニア輸送船は、2026年11月に就航の予定であるが、それよりも先に、港湾でコンテナ船やフェリーなどを引っ張るタグボートの運用を2024年6月に予定している。NEDOは、アンモニア燃料によるタグボートと合わせて、約84億円の助成を行っている。
アンモニアの積載容量は4万m3である。昨今の船舶では、NOxやSOx、微粒子物質などを輩出しないLNGで稼働する船舶が就航しているが、LNGのなかに可燃性のガスとしてアンモニアを混ぜて、2元燃料として使用する考えである。
J-ENGが開発するのは、アンモニアの混焼率を最大で95%とし、そこへLNGを混ぜた2元燃料の2ストロークエンジンを主機に使用するものだ。また、IHI原動機が開発するのは、アンモニアの混焼率を80%以上にした、4ストロークエンジンを補機として搭載するものである。運航時に排出されるCO2を、80%以上削減することを目指す。
国を挙げてアンモニアを燃料とした船舶を開発する背景は、世界的に気候変動への対策が求められているためだ。そのため国際海運のCO2の総排出量をゼロにするゼロエミッション化は喫緊の課題になっており、日本郵船をはじめとした大手船社から、IMO(国際海事機関)のような国際的な組織まで、「2050年ゼロエミッション」を掲げている。
なお、グリーンイノベーション基金の事業は、2050年までにCO2の排出量を全体としてゼロにする目標を日本政府が宣言したことが契機となって始まった。
日本の海事産業の強化
今回の取り組みにはCO2のゼロエミッション化以外に、世界に先駆けてアンモニア燃料を輸送する、アンモニア輸送船を実用化することで、日本の海事産業を強化する目的がある。
日本は、石油・石炭・天然ガスなどの地下資源だけでなく、鉄鉱石・レアメタルなどの鉱物資源、そして食料などの輸出入貨物の99%を船舶輸送に頼っている。また完成した自動車も、自動車輸送船で輸送される。航空機で輸出入される貨物は、契約書類や医薬品、電気製品の仕掛品などの付加価値の高い貨物となる。
我が国の貿易の99%が船舶で輸送されることから、海運会社だけでなく造船所、舶用メーカーなども必要不可欠な存在となるが、近年はタンカーやコンテナ船の受注に関しては、中国や韓国の大規模な造船所に押されている。これらはクルーズ船やフェリーなどの旅客船とは異なり、機能さえ満たせば良く、防音性や防振性などはとくに要求されることもなければ凝った内装も不要である。
そうなると建造コストが安い、中国や韓国が有利となり、その結果、かつては50%以上を誇っていたタンカーやコンテナ船の新造に関する日本の世界的なシェアは、17%まで落ち込んでいる。
とくに火力発電所では、最近ではSOxやNOxなどの酸性雨の元凶となる重油に変わり、環境への負荷が小さいLNGが使用されるようになったが、重油とは異なり、タンカーが座礁してLNGが流出する事故が発生したとしても、環境や生態系に与える負荷は小さい。そうなると中国や韓国の造船所で建造された船舶でも対応が可能なことから、高コストになる日本製の船舶は、敬遠されている。
国産技術で建造された日本船籍の船が、石油・石炭・天然ガスなどのエネルギー資源を輸送することは、経済だけでなく、安全保障を強化するうえでも重要である。
(つづく)
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