2024年04月30日( 火 )

「日台関係の新時代」台北駐福岡経済文化弁事処

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台北駐福岡経済文化弁事処
処長(総領事) 陳 銘俊 氏

台北駐福岡経済文化弁事処 処長(総領事) 陳 銘俊 氏

台湾企業、銀行の九州進出

 ──TSMCらが先日、第二工場建設を発表しました。

 陳 予想された通りです。TSMCは建設予定地の一部所有者との交渉が終わるまで待っていたようで、決着したので発表したのでしょう。

 現在は製造能力を失っていますが、九州はかつて世界のシリコンアイランドでした。半導体の素材では世界トップレベル、製造装置に関しても世界で2位、3位というレベルであり、半導体関連のノーベル賞受賞者が2人います。一方、台湾は現在先端的な半導体製造の世界シェアが約98%です。

 九州の半導体関連製造業の出荷額は日本全国の約20%で、ここにTSMCの生産が加わります。九州のGDPは約52兆円(沖縄含む、23年時点)で、TSMCの経済効果は2021~30年の10年間で計約20兆円とも言われています(九州経済調査協会)。未来の九州がどうなっているか、想像してみてください。TSMCの進出は日本と台湾双方にとって、まさに100年に1回のチャンスなのです。

 日本メディアによれば、今回のTSMC関連で日本に進出している企業と進出意欲のある企業は、肥後銀行が把握しているだけでも150社あるとのことです。工場が1つだけでは台湾企業としては投資をしても採算が合わないと考えるでしょうが、第二工場が正式に発表され、第三、第四の工場進出も予定されるなか、採算が合うと考える企業が今後続々と出てくることでしょう。

 台湾の銀行の九州進出も相次いでおり、これから進出する銀行も合わせると5~6行以上になります。企業、銀行の進出理由はもちろんTSMCだけではありません。彼らは九州の企業の技術などを高く評価しており、協力し合うチャンスがあると考えているのです。

TSMC進出にともなう課題

 ──エンジニアなど人材の確保が課題となっています。福岡工業大学が明新科技大学と学生・教員交流と半導体技術の共同育成に関する覚書を締結しました。

 陳 台湾には半導体関連の学部を有する大学があり、TSMCなど半導体企業とも連携し、製造用機械も設置しています。明新もその1校です。日本の大学と連携することで、日本の学生を訓練し、彼らを台湾の企業にインターンとして派遣するなどして、即戦力に育てます。台湾の人材が日本の大学に来て教えるのでもいいのですが、やはり重要なのは環境です。日本から台湾へわたり、実際に機械を操作することでより早く習熟できるでしょう。

 九州大学では今年4月からTSMCの社員が半導体関連の講義を行うことが決定しています。発表はされていませんが、熊本大学も同様にTSMCの社員に講義を行ってもらうことを計画しているようです。台湾企業は決断と実行のスピードが速いため、人材育成のペースも速めないと間に合わないのです。

 ──TSMC工場周辺には、多くの台湾人社員と家族が移住しています。

 陳 現在約400~600家族、第二工場が稼働するころ(27年末予定)には関連企業を含めて1,000~2,000家族が移住してくるでしょう。熊本では日本初の台湾タウンをつくろうという動きも見られます。台湾人に故郷の料理を提供するほか、日本人が台湾の文化に触れることのできる場所となり、実現すれば九州に新たな特色をもった地域が誕生することになります。当弁事処も、アドバイスを求められれば助言を行っていきます。

 熊本にあるインターナショナルスクールの修業年限(小学生まで)の関係から、家族を福岡に置いて熊本で単身赴任をしている社員がいるほか、中国語で診療できる医療機関が少ないなどの課題もあります。熊本県側は非常に親身になってくれており、課題解決に向けて毎週協議を行っています。

台湾──九州関係の深化

 ──民進党の頼清徳氏が総統選で当選し、現政権の政策の枠組みは継続しますね。

 陳 頼氏は台南市長だった16年、熊本地震後の6月に熊本市の友好都市である高雄市長とともに寄付金を持参して熊本を訪問しています。台南市と熊本市は友好都市関係にはありませんでしたが、それだけ日本が好きということです。副総統になる蕭美琴氏は神戸生まれで、2人とも日本に豊富な人脈をもっています。

 台湾人が最も好きな国は日本であり、日本政府も巨額の補助金を用意するなど関係性を重視しています。TSMCの日本での工場建設は、米独と比べても順調に進んでおり、その背景にはお互いの信頼関係があると思っています。元旦の能登半島地震を受け、台湾では約半月で約25億円の寄付金が集まりました。この台湾と日本とのユニークな関係、台湾人の日本に対する、家族に対してもつような特別な感情は、九州・山口に起源があります。台湾の日本統治期の歴代総督の約半数が九州・山口の出身者であり、台湾の発展に大きく貢献してくれました。

 この2年間に自治体交流も進んでおり、熊本だけでなく九州・山口で台湾側との友好交流協定を締結した自治体は増えました。たとえば山口県と台南市が昨年7月に、鹿児島県と屏東県が今年1月29日に、鹿児島県伊佐市と花蓮市が1月31日にそれぞれ締結しています。国交断絶以降、台湾との関わりが薄かった長崎県の自治体(東彼杵町、台中市和平区と)とも協定を締結したほどです。

 日本と台湾の関係は九州から始まったといえ、今回、TSMCの進出により、九州から再び日台の新しい時代が始まったようなものであり、大変嬉しく思います。半導体産業は経済的に重要であるだけでなく、生活全般と密接に関わり、さらに安全保障にも関わるという点で極めて重要です。TSMC進出を契機として、AI、エネルギー、カーボンニュートラル、5G、ビッグデータ、スマートシティなど関連する多分野において、日台は同時かつ多面的に協力を進めるべきだと思います。日本企業は世界一と言えるほど品質に優れ、台湾企業は一定の品質の製品を廉価に製造できるという点で効率性に優れており、良いパートナーとなります。九州が今後、日本経済の成長を牽引していくものと確信しています。

【茅野 雅弘】


<プロフィール>
陳 銘俊
(ちん・めいしゅん)
1964年、台湾花蓮県生まれ。中国文化大学韓国語学科を卒業後、台湾外交部入り。台北駐日代表補佐官や台北駐ボストン経済文化弁事処副処長(副総領事)、総統府機要室長などを歴任。2021年10月に台北駐福岡経済文化弁事処処長(総領事)に着任。慶應義塾大学、大阪外国語大学(博士)に留学、カリフォルニア大学バークレー校、ハーバード大学客員研究員を歴任。趣味は語学研究で、台湾の原住民語からアジア、ヨーロッパの言語まで10数言語を操る。

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