2024年05月03日( 金 )

文明史的なエネルギー・モビリティ大転換と日本の再生(中)

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NPO法人 環境エネルギー政策研究所(ISEP)
所長 飯田 哲也

 近年、再生可能エネルギー(とりわけ風力発電と太陽光発電)、そして電気自動車(EV)が急激に拡大している。これらは、文明史的なエネルギー大転換とモビリティ大転換の始まりと考えられている。ところが日本は、この大転換から完全に取り残されているばかりか、それが日本の衰退を招きつつある。日本は、その遅れを取り戻し、再生できるのか。

テスラが引き起こした「iPhoneモーメント」

 モビリティ大転換は、テスラ1社が引き起こしたと言っても過言ではない。テスラは、EVというより自動車そのものを「再発明」した。(OTA)ソフトウェア・アップデートや蓄電池の大量生産と低コスト化、車体の鋳造一体製造の導入、生産プロセスの徹底的な見直しと高速化、AIの導入と自動運転など、旧来の自動車メーカーのクルマの考え方を一新した。テスラはモビリティの分野の「iPhoneモーメント」を引き起こしたのだ。

 そのテスラが20年に上海市にギガファクトリーを完成させたことが、BYDなど中国の自動車メーカー勢の飛躍のきっかけとなった。テスラの革新的なクルマを目の当たりにした中国の自動車メーカー勢は、これに危機感をもちつつ、テスラを必死で追いかけ追い越そうと追走することで、EVの質も性能も急速に進化した。これは中国の故事(ナマズに追いかけられるドジョウの生命力が強くなる)にちなんで「ナマズ効果」と呼ばれる。

 こうして、日々アップデートしているテスラとBYDなど中国の自動車メーカー勢の熾烈な競争が、日欧米などの旧来の自動車メーカーを置き去りにしながら、世界のEV化を加速させている。

 テスラをめぐり、AIを利用した自動運転の実用化が間近と伝えられている。AIベースの自動運転が実用化されると、「ChatGPTモーメント」も引き起こすことが考えられる。中国の自動車メーカー勢もAIベースの自動運転を見据えており、もはや日本をはじめとする旧来の自動車メーカーには、到底追いつけないと思えるほど急速に進化している。

置き去りにされる日本の地盤沈下

NPO法人 環境エネルギー政策研究所(ISEP) 所長 飯田哲也
NPO法人 環境エネルギー政策研究所(ISEP)
所長 飯田 哲也

    加速度的に進化する世界のエネルギーとモビリティ大転換に対して、日本は明らかに取り残されている。COP28での再生可能エネルギー容量3倍増の目標に合意しようにも、国内外の研究機関からも、日本がおおよそ達成することは見込めないと評価されており、実態でもその通りの状況である。

 まず風力発電の普及で日本は大きく遅れている。風力発電を軽視した国と、邪魔者扱いした電力会社との狭間で、日本の風力発電は30年にわたって停滞してきた。そのため、産業基盤が消え去り、開発基盤も不十分なために、普及は低調のままだ。近年ようやく、国と電力会社は洋上風力だけには前向きな姿勢で本格的に取り組むようになったが、規模は小さく、スピードもなお遅い。

 太陽光発電は、12年のFIT(固定価格買取)制度で引き起こされた「太陽光バブル」で急速に増えたおかげで、累積設置量では80GW(22年末)と、今のところは中国、米国に次ぐ世界3位の規模を誇る。

 ところがその太陽光バブルが反作用を生み出した。政策面では、経産省は、自らの制度設計の失敗を糊塗しようと、FITを抑制するさまざまな規制やルールを後付け・泥縄式に導入した。電力会社は、急激に押し寄せた太陽光など再エネの接続を拒否するか高額の負担金を請求し、完成後も止め放題の出力抑制を実施している。メガソーラー問題など地域社会からの反発も生じ、政治面でも問題視して規制を強化するベクトルが強い。これらが積み重なって普及に急ブレーキがかかっている。

 日本はEVでも普及と産業の両面で遅れをとっている。国(経産省)は水素燃料電池車に重心を置いたことも影響して、EV普及策は手薄だった。EVが新車販売の9割を占めるノルウェーを筆頭に、EVの新車販売に占めるシェアは欧州全体で約20%、中国は40%、米国はカリフォルニア州で20%、米国全体で10%に迫る。豪州やタイなど、日本車が人気だった市場でも、10%を超えており急速な普及が見られる。ところが日本はようやく3%を超えたところだ。

 自動車業界のEV化も遅れた。日産と三菱は10年に世界的にもいち早く普及型のEVを市販したが、その後の技術進展も普及もほとんど進まなかった。トヨタは、ハイブリッド技術で大きな成功を収めたことが、逆に「イノベーターのジレンマ」を引き起こして、EV開発には消極的な姿勢が続いた。23年4月の上海モーターショーで日本の自動車会社のトップが中国のEVの進化を目の当たりにした「上海ショック」の後に、トヨタはようやく「BEV(バッテリー式電気自動車)ファクトリー」を立ち上げたが、テスラや中国勢など先行するEV技術に、日本は何年も遅れている。

 こうしたエネルギー・モビリティ大転換の遅れが環境・エネルギー分野にとどまらず、日本全体を地盤沈下させつつある。近年の日本は構造的な貿易赤字が続いており、22年度の貿易収支は約21兆円の赤字となっている。そのうち最大なのはエネルギー(化石燃料)で何と約35兆円もの赤字である。食料も約10兆円の赤字で、国民生活と産業の基礎が壊滅的な状況にある。ハイテク分野でもデジタルサービスと医薬品がそれぞれ約5兆円の赤字で、先進国としての産業基盤が劣化しつつある。

 唯一、自動車産業だけが約14兆円の貿易黒字の「一本足打法」だった。その自動車産業がEV化で劣勢に立たされており、今後もし半導体や家電の二の舞が起きれば日本は崩壊の危機に瀕する。

(つづく)


<プロフィール>
飯田 哲也
(いいだ・てつなり)
NPO法人 環境エネルギー政策研究所(ISEP)所長。京都大学原子核工学専攻修了。東京大学先端科学技術センター博士課程満期退学。原子力産業に従事後に原子力ムラを脱出し、北欧での再エネ政策研究活動後に現職。日本を代表する自然エネルギー専門家かつ社会イノベータ。著書に「北欧のエネルギーデモクラシー」「メガ・リスク時代の「日本再生」戦略」(金子勝氏との共著)ほか、多数。

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