2024年10月15日( 火 )

文明史的なエネルギー・モビリティ大転換と日本の再生(後)

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NPO法人 環境エネルギー政策研究所(ISEP)
所長 飯田 哲也

 近年、再生可能エネルギー(とりわけ風力発電と太陽光発電)、そして電気自動車(EV)が急激に拡大している。これらは、文明史的なエネルギー大転換とモビリティ大転換の始まりと考えられている。ところが日本は、この大転換から完全に取り残されているばかりか、それが日本の衰退を招きつつある。日本は、その遅れを取り戻し、再生できるのか。

日本はなぜ遅れるのか

イメージ    国や産業界の中枢に、目指すべき方向、すなわち再エネ(太陽光+風力)を中心とするビジョンがなく、原子力を軸に石炭火力など旧い考えに固執したままであるのが直接の原因だ。EVでも、水素に力こぶが入り、EV転換に遅れてしまった。そのため、エネルギー政策の組み立ても方向性を間違えることは必然だ。再エネよりも原発を優先し、九州電力や中国電力では、23年の3~6月に太陽光発電を5割以上も抑制した。

 この背景には、何層かにわたる構造的な根深い問題がある。

 第1層は、エネルギー政策の中枢が古い考えの人々で占められ閉じていることだ。古い組織で古い人々が中心を占めると、急速に変化しつつある「新しい現実」が見えず、古い考えに固執する現象が起きる。これは「経路依存性」「組織的慣性力」「パラダイム麻痺」といった政治学や社会学の用語で記述される通りだ。

 第2層は、テクノロジー変化が急激であるのに対して、日本社会全体が全方位──政治・行政・企業・自治体・専門家・一般社会―で遅れていることだ。2000年ごろからのデジタル化に始まり、現在進行中の再エネ化やEV化でもいっそう顕著になっている。これは、日本の組織が多様性に欠け、強固なタコ壺(サイロ)型であることや知識偏重の教育などが影響しているだろう。たとえば、太陽光と風力中心の再エネを急速に普及拡大するには、大きく方向性を変えるコンセンサス、土地利用などの個別のルール化、同時並行で進化してきた電力市場との統合など、多領域に渡る複雑系システムを統合していくことが求められるのだが、「組織的慣性力」が強く自ら問いを見つけて革新していく力の弱い日本の組織風土は、こうした合意形成があまり得意ではない。

 より深い第3層は、日本が高度知識社会から取り残されつつあることだ。テクノロジーも社会もますます進化が加速し複雑化を増してゆくなかで、日本は博士など高度知識人材層が少ないうえに、彼らが中枢で活躍できていないケースが少なくない。いまだに日本の中央官僚は「学士」が大半を占め、大企業でもグローバルな知識社会とつながっている博士人材が極めて少ない。

いかに日本を再生させるか

 現在、グローバルに進行している、文明史的なエネルギーとモビリティの大転換は、気候危機への対応やエネルギー危機、そして日本の経済産業の危機の観点からも、日本でこそ待ったなしでの対応が求められる。しかし上記の通り問題構造は根深い。

 短期的にできることは、明治維新期と同様に直接的な「移植」だ。再エネ中心の電力市場やインフラ整備を含むEV大転換の加速を「短期的な移植」するには、海外の最先端の専門家を招へいすることが必要だ。同時に、日本からも優秀で情熱のある若者を選抜する「令和の遣欧使」を、再エネ化で先頭に立つ欧豪(デンマークなど北欧やオーストラリア)、EV化では米カリフォルニア州や中国などに派遣し、最新の政策や市場整備などを体得した人材を促成してはどうか。 

 中長期的かつ本質的には、人材育成と政治行政組織のアップデートが待ったなしである。小中学校から大学院までを無償化し、教育・研究人材の層を分厚くするとともに、学生が諸外国の博士課程に自由に行き来できるよう支援する必要があるだろう。また、海外の多様な人材が日本の大学や企業で研究ができる高度知識社会の土壌をつくることで、米国型でもない欧州型でもない、日本型の次世代のイノベーションが生まれることを期待したい。

 まだ日本にかろうじてかつての社会的資本が残っているうちに、新しい開かれた未来創造型社会の芽を生み出すことでしか、日本再生の道のりは見えない。残された時間は少ない。

(了)


<プロフィール>
飯田 哲也
(いいだ・てつなり)
NPO法人 環境エネルギー政策研究所(ISEP) 所長 飯田哲也NPO法人 環境エネルギー政策研究所(ISEP)所長。京都大学原子核工学専攻修了。東京大学先端科学技術センター博士課程満期退学。原子力産業に従事後に原子力ムラを脱出し、北欧での再エネ政策研究活動後に現職。日本を代表する自然エネルギー専門家かつ社会イノベータ。著書に「北欧のエネルギーデモクラシー」「メガ・リスク時代の「日本再生」戦略」(金子勝氏との共著)ほか、多数。

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