2024年10月15日( 火 )

「誰にも迷惑をかけず、ひっそり」と死ぬことはできないのです(後)

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大さんのシニアリポート第138回

 運営していた「サロン幸福亭ぐるり」(以下「ぐるり」)の常連Mさんの口癖は、「誰にも迷惑をかけずにコロリと逝きたい」ということ。当然「ピンピンコロリ」が目標だ。「ピンピン」(元気で暮らすために健康に留意)は本人の努力次第で可能だが、「コロリ」は自分の思うようにはいかない。死後避けて通れないさまざまな手続き(死亡届から火葬、葬儀、埋葬まで)は誰がやるのか。他人(身内、友人、行政の窓口等)の手を煩わせることなく最期を迎えることは不可能なのです。

国も身寄りなき老後対策を決意してはいるのだが…

イメージ    頼れる「身寄りがいない」状態で、老後を迎える人が増えている。厚労省では、病院や介護施設が、家族や親族ら身元を保証する人がいないことのみを理由に入院や入所を拒むことがないよう通達を出している。しかし、(一社)「東京都医療ソーシャルワーカー協会」が2022年末、都内の病院や介護事業所に勤める会員らに聞いたところ、回答した366人の9割超が、身元保証人がない人は入院や転院、施設入所が「制約されている」と答えている。調査の担当者は、「とくに救急患者を受け入れる病院では、身寄りがない患者さんの家族を捜す、お金の出所を探すといった仕事が大幅に増え、職員の負担が増している」と話す。

 老後の不安解消のため、国が「日常生活から死後対応まで」の新制度の検討を始めた。公的な支援の1つは、市町村や社会福祉協議会(社協)などに相談窓口を設け、「コーディネータ―」を配置する。彼らが「日常生活の困りごと」「終活問題」など、あらゆる面で相談に乗る。法律相談や終活支援を担う専門職、葬儀・納骨や遺品整理を委任できる業者などにつなぎ、契約手続きを支援する。さらに、市町村の委託補助を受けた社協などが、介護保険などの手続き代行から金銭管理、緊急連絡先としての委託、死後対応などをパッケージで提供。しかし人材不足の現状で、この施策が具体的かつ円滑に運用されるとは考えにくい。

 「家族親族の『代わり』を業務外で務めることが増えてきた現場からは、悲鳴が上がる」(朝日新聞 24年4月6日)という記事では、「身寄りのない人へのサポート」を行政が担うということについて触れている。頼れる身寄りがいない人の最期を、病院スタッフが支える例も多い。病院の医療ソーシャルワーカー(SW)の責任と仕事量が増えるばかりだ。「誰にも迷惑をかけず、ひっそりと死にたいという人がいるが、誰かの手を頼らないと骨になることもできないんです」とSWは話す。

民間業者を頼りにしてみたら…

イメージ    「高齢者等終身サポート事業」を提供する民間の業者を利用するという手もある。ただ、民間業者のサービス提供にも大きなばらつきがある。業者が提供している主なサービスを挙げてみる。「医療・介護施設への入院・入所時の連帯保証と手続き」「同移動、家具類の移動と処分」「死亡・退去時の身柄の引き取り」「医療同意書作成の支援」「緊急連絡先の引き受けと緊急時の対応」「通院時の送迎・付き添い」「買い物同行」「納税、公共料金等の支払いに関する代行手続き」「印鑑や重要書類の保管」「死亡の確認と関係者への連絡」「火葬許可の申請と死亡届の代行」「葬儀に関する事務」「家財道具や遺品などの整理」…。

 関西に住む女性(77歳)は8年前、夫が定年退職した際、「もしものときの保証人」を、身元保証事業者「日本ライフ協会」に委託した。同協会の設立は02年で、内閣府から公益認定を受け全国展開をしていた。費用には入会金、会費、身元保証料、葬儀費用、お墓、家財処分費…も含まれ、月会費もなく2人で330万円超を払い込むだけ。2人は一括支払いで済むことに魅力を感じて入会。しかし4年後、契約者約2,300人の会員を抱えた協会は突然破産。夫婦への返金は50万円にも満たなかったという。

 6月11日、岸田文雄総理は「孤独・孤立対策推進本部」で、「関係官庁が連携し、事業の健全な発展の推進を図るとともに、関連制度等の必要な見直しの検討」と述べている。国は、事業者の適正な事業運営と利用者の安心を確保することを目指し、「高齢者等終身サポート事業者」を主な対象として、ガイドラインを策定した。最大の問題は、契約者本人が死亡しているため、死後に本当に契約が履行されているかを確認できる手段がないことだ。ガイドラインには拘束力も罰則もない。サービスも多岐にわたり監督官庁も未定。ガイドラインがどこまで遵守されるかが問題で、優良な業者を認定する仕組みの必要性も検討しているというが…。

 沢村氏の「本人の意思決定が重視されるということは、本人が意思決定できなくなったとき、代わりに意思決定してくれる身寄りがいなければ、さまざまな場面で息詰まることを意味します」という提言を真摯に受け止める必要がある。受け止めるのは「あなた」であり、「政府」であり、「行政」であり、「民間業者」である。高齢者には必読の書としてぜひともお読みいただきたい。

(了)

※「朝日新聞」(24年5月7日「身よりなき老後 国が支援制度」)、同(24年8月20日「最期まで安心 買えるのか」)参考。


<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』『瞽女の世界を旅する』(平凡社新書)など。

(第138回・前)

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